“がん治療中の部下”と上司が対談。目標を下げず、全社表彰されるほどの実績を出せる理由とは?【がんアライ部第6回勉強会レポート】 - がんアライ部
第6回となる、がんアライ部勉強会を6月12日(水)に株式会社CAMPFIREにて行いました。テーマは「がん治療中の部下と上司の良い関係」。大手人材会社で、がん治療と仕事を両立している金澤雄太さんと、その上司の春野直之さんにご登壇いただきました。モデレーターは発起人の一般社団法人キャンサーペアレンツ代表・西口洋平です。
これまでは専門家の方を講師としてお招きしてきましたが、今回は初となる、がん治療と仕事を両立する上司と部下の対談。31社42名が参加し、対談後にもたくさんの質問が挙がるなど、関心の高さが伺えました。
本レポートでは、本対談の一部をご紹介。ステージⅣ、5年生存率12.5%の告知を受け、現在は経過観察中の金澤さん。「会社にはがんのための制度はないし、これまでも今も、特別な取り組みはしていない」にも関わらず、プレイヤーとして月間MVPを受賞するほどの成果を出しています。
一方、上司の春野さんも「がんだからといって、金澤を全く特別視していない」と言います。特別な制度も取り組みもしていないという同社で、なぜ金澤さんはがん治療と仕事の両立ができているのでしょう? お二人の関係性から、そのヒントを探ります。
【登壇者】
金澤雄太さん(写真中央)
春野直之さん(写真右)
モデレーター:発起人・西口洋平(写真左)
「ちゃんと治して戻って来い」そう言ってくれたから、雇用の不安はなかった
西口:まずがんが発覚した時のことについて。金澤さんは職場で、いつ誰に、どんな風に伝えたんですか?
金澤:2014年11月に盲腸で入院していた際に、手術で切った部分が実は悪性腫瘍だったと告知を受けました。退院や職場復帰の予定が全部後ろ倒しになって、しかも今後の目処が立たないという話だったので、パッと「会社に迷惑をかけてしまうな」と思ったんです。それで親よりも先に、当時の上司にがんのことを電話で報告しました。
西口:親よりも先って、どれだけ怖い上司だったんでしょうね(笑)。電話口で、当時の上司の方はどんな感じだったんですか?
金澤:息を呑んでいました。普段は軽快にコミュニケーションをするタイプの方だったので、余計に印象的でしたね。そのあとに「席はもちろん残しておくから、会社のことは一旦置いて、治療に専念してちゃんと治して戻って来い」と言ってくれました。すごく嬉しかったし、雇用の不安がなくなったのはありがたかったです。
今思えば、上司も僕のことを理解してくれていたんだろうなと思います。「治療をする上で仕事がモチベーションになるだろうから、ちゃんと戻ってこられるように安心させてやろう」と思ってくれたんでしょうね。
西口:そういう意味では「仕事はどうなるんだろう」という休職中の不安はなかったんですね。仕事に復帰するときに、仕事の内容や働き方に変化はありましたか?
金澤:僕は当時マネジャーだったんですが、そのままマネジャーで戻るか、同じ職位のキャリアコンサルタントとして戻るか、どっちがいいか希望を聞かれました。結果的には同じ職位で、職務だけキャリアコンサルタントにスライドした形で復帰しています。抗がん剤を服用していて、倦怠感などの副作用が少し出ていたんですよ。体力も落ちていたし、メンバーマネジメントは厳しいと判断しました。
そこからメンバーに戻って、2016年、2017年と2度の転移を経験したこともあり、今もメンバーとして仕事をしています。春野さんが上司になったのは、2016年の1度目の転移がわかる前くらいからですね。
「業務量も目標も変えないまま、1回チャレンジしてみよう」
西口:キャリアコンサルタントは、企業を訪問したり、数字の目標を持ったり、営業職の色も強いですよね。内勤のポジションを提案されることはなかったんですか?
金澤:なかったですね。僕自身も他のポジションは考えなかったです。
春野:マネジャー陣でも、その議論は全くしなかったんですよ。違う社員であれば他のポジションを提案したかもしれないですけど、彼の場合はむしろその提案を「配慮ではなく遠慮だ」と受け止められてしまう可能性が高かった。「そもそも金澤は内勤を希望しないだろう」というのも共通認識としてありましたね。
西口:それまでの関係性があったからこその判断だったんですね。数字の目標はどう設定したんですか?
金澤:目標設定は健常なスタッフと変わりませんでした。職務・職位相当の目標でしたね。
西口:え!?
金澤:当時の上司には「業務量も目標も変えないまま、1回チャレンジしてみよう」と言われました。「その結果うまくいかなければ目標を下げればいいし、体調と勘が戻ってきたらまた上げればいい。やる前から下げる必要はない」と。当社は時短勤務で成果を出しているワーキングマザーがたくさんいるので、過度に配慮されることがなかったというか、「金澤もできるだろう」って期待をしてもらっていたのかなと思います。
春野:昨年末には業績の良かった社員として、金澤は全社表彰されたんですよ。彼がやってきたことが正しかったと証明できたわけで、僕もすごくうれしかったです。
西口:すごいじゃないですか!
金澤:ありがとうございます。初発から復帰した時の上司が、「まずはチャレンジしよう」って甘やかさなかったことがやっぱり大きかったなと思います。「病気を言い訳にせず、ちゃんと仕事をしよう」という、僕のサバイバーとしての働き方のスタンスを作ってくれましたね。
「がんに罹患した社員への対応」と「子育て中の社員への対応」には共通点が多い
西口:体調不良や検査、治療など、どうしても仕事を休まざるを得ないことも多いですけど、何か工夫していることはありますか?
金澤:そこは同僚にすごく助けてもらっています。定期検査で1日パソコンが触れない日にフォローをお願いしたり、入院時に担当しているお客さまを一時的に預かってもらったり、そういうのがお願いしやすい環境だと思いますね。同僚の柔軟な対応には本当に感謝しています。
春野:がんというと特殊な気がしてしまうかもしれませんが、上司としての考え方は子どもがいる社員への対応とほとんど同じだと思っています。「妊娠して、産休・育休に入る時期がある」というのと、「がんになって、この時期は入院で治療が必要で、あとは通院で治療ができそう」というのは、休みの予定がわかる範囲があるという点で、近しいものがありますよね。
子どもが熱を出して休むことと、病気で体調が悪くて休むことは、子どもか本人かという違いがあるだけで、急遽出社ができないことがあるという事実は同じです。他のメンバーにフォローをしてもらったり、自分が気にかけたりするという点で、上司の対応としては似ているところがあります。
そういう意味では、がんに罹患した社員への配慮やコミュニケーションの取り方は、子育て中の社員へのそれとかなり近いものがある。当社には子どもがいる社員も多いですから、メンバー同士でフォローし合う雰囲気ができているところはありますね。
病気だからといって特別な存在ではないし、がんだから困ったこともない
西口:金澤さんはがん治療をしながら働く中で、してもらったり言われたりしてうれしかったことはありますか?
金澤:がんが2度転移して休職してるんですけど、2度目の復帰初日に春野が「生きざまを見せてくれ」って言ってくれて。僕ががんを抱えて仕事をする意味を、同僚やお客さまに表現してくれって言ってくれたんですね。そういうスタンスでいてくれているから、僕もただ「復帰させてくれてありがとう」ではなく、自分の存在意義を見出せるというか。役割を与えてもらっているなって思えるのはありがたいです。
西口:ここだけ切り取ると「なんて厳しいことを言うんだ」って思う人もいるかもしれないけど、その発言の前提には「こう伝えることが金澤にとってプラスになる」っていう理解や信頼関係がある。理解してもらえている安心感がありますね。
一方で春野さん、再発と休職が続くと、マネジメント側としては「仕事をさせていいのか?」って考えることもありそうな気がしますが、そういった話し合いがマネジャー陣で行われることはなかったんですか?
春野:そういう話は何もしてないんです。再発して再度休職となった時も、不在の間の対応はマネジャー陣で話し合いましたが、基本的には戻ってくる前提でした。
春野:語弊を恐れずに言うと、金澤をがん患者だと意識したことはないんです。もちろん配慮はしますけど、病気だからといって特別な存在ではないし、メンバーにもそう思わせないようにしています。例えば急に体調が悪くなって出社できないことはありますが、それは他の社員も同じことだし、誰かが不在にしている時に他のメンバーが代理で対応するのも当たり前じゃないですか。そういう意味では「がんにかかったから」が理由で困ることもないんですよ。
むしろ勝手ながら、彼が病気だってことをチームの風土づくりに、良い意味で“利用させてもらう”こともあるんです。例えば彼が休職中、「組織として最高の状態で、戻ってくる金澤を迎えよう」って号令をかけたんです。
業績不振だったりお客さまからクレームが続発していたりするような組織に戻ってくるのは可哀想だし、チームが良いコンディションにある方が、戻ってきた時に立ち上がりやすく支えやすい。じゃあそういう状態になるために、僕らが今できることってなんだろう、と考えてもらえるようにマネジメントをしています。
「がん治療をしながら自分らしく働く」ことによる、組織への波及効果
西口:がんになる前と後で、金澤さんは仕事や働くことへの思いに変化はありましたか?
金澤:まるっきり変わりましたね。最初にがんがわかった時は32才で、管理職2年目ぐらいの時だったんですけど、サラリーマンのキャリアアップは役職を上げていくことだと思っていたんです。
だから、管理職ではなくメンバーとして復帰する選択をしてからしばらくは、自分が何を目指せばいいのかがわからなくて、すごく悩みました。今は春野さんが上司ですけど、その前に一時期、僕の部下だった人が上司になったこともあったんですよ。追い抜かされた気がして、気持ちが揺らぎました。
金澤:そこからいろんな葛藤を経て、「職位に拠り所を求めて、上を目指す感覚は今の自分には合わない」と思い至りました。入院するたびに思うのは、「社会との関わりを持ちたい」とか「多くの人に自分のことを、良いふうに覚えていてもらいたい」ということ。
そのためには、良い仕事や発信をしていくことが不可欠ですから、それが今の自分の拠り所であり、働く意味ですね。上を目指すっていう縦のイメージだったのが、自分の仕事を広めるっていう横のイメージに変わった感じです。
春野:先ほど金澤が言っていた「生きざまを見せてくれ」っていう僕のメッセージは、意識的に言ったものではないんです。なんでそんなことを言ったんだろうと考えていたんですけど、僕たちの仕事は採用や転職の支援であって、要するに仕事そのものを扱っているんですよね。であれば、我々は仕事や働くということに対して、人よりも真摯に向き合わなければいけない。
ただ、メンバーに対して僕が「働くとは」みたいなことを仰々しく話すよりも、そこに誰よりも向き合ってきた金澤が、熱量を持って体現してくれる方が伝わるじゃないですか。だから「生きざまを見せてくれ」って言ったんだと思います。
実際に金澤はがんにかかってからも目標を下げず、全社表彰をされるほどの実績を出している。組織への貢献の仕方やお客さんへのバリューの出し方など、金澤らしいやり方をどんどん出していて、それを見たメンバーが「自分もこうやってみよう」と感化されているわけです。彼はさっき「横」って表現をしていましたけど、たしかに広がっているなと思いますね。
西口:がんは「働く」ということに改めて向き合うきっかけになりますよね。そういう意味では、がん治療をしながら働いている人が身近にいることが、周囲の人たちの「働く理由」を見つめ直すきっかけになったり、仕事のモチベーションにつながったりする。そういう認識が社会に広まっていったらいいですね。
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登壇者プロフィール
金澤雄太さん
大手人材紹介会社勤務。東京在住。妻と二人の娘の4人暮らし。2014年に盲腸の手術をした際の病理検査にて同部位のがん化が発覚、虫垂がん(ステージ2b)の告知を受ける。その後、2016年に肝臓、2017年に肝門部にそれぞれ転移し、ステージ4に移行。肝臓に対しては手術、肝門部に対しては抗がん剤+手術にて治療、現在も経過観察中。2018年より講演活動開始、2018年8月のジャパンキャンサーフォーラム【がんサバイバーの 声を聴こう!】への登壇を皮切りに、企業人事・経営者向けや地域医療者向け、小学校の児童生徒向けなど多方面にて講演実績あり
http://www.cancernet.jp/speaker/post348
春野直之さん
2006年より一貫して大手人材紹介会社で勤務。人事・キャリアアドバイザーを経て、現在はインターネット領域を中心に幅広い業界への転職斡旋を支援。また、シニアマネジャーとして70人のメンバーを管掌しつつ、マネジャーとして3チームを兼務。
モデレーター:発起人・西口洋平
一般社団法人キャンサーペアレンツ代表。エン・ジャパン株式会社人材戦略室所属。1979年生まれ、大阪府出身。妻、娘(10歳)の3人家族。2015年2月、35歳の時にステージ4の胆管がんの告知を受ける。周囲に同世代のがん経験者がいない状況のなか、インターネット上でのピア(仲間)サポートサービス「キャンサーペアレンツ~こどもをもつがん患者でつながろう~」を立ち上げる。現在も、抗がん剤による治療を続けながら、仕事と並行して活動中。