中小企業の「仕事とがん治療の両立支援」は合理的な面から促進できる【ネクストリボン2020レポート】 - がんアライ部
ワールドキャンサーデーである2月4日、『ネクストリボン2020』(朝日新聞社、日本対がん協会主催)が行われました。本記事ではパネルディスカッション「中小企業でも、中小企業だからこそ出来る取り組みとは?」の一部をご紹介。中小企業だからこそできる、がんと就労の両立支援とは?
【プロフィール】
・谷口 正俊さん
株式会社ワールディング ファウンダー 代表取締役社長
事業内容:主にASEANからの海外人材採用、育成、生活・業務支援
従業員数:107名
・松下 和正さん
株式会社松下産業 代表取締役社長
事業内容:建設事業
従業員数:234名
・永江 耕治さん
株式会社エーピーコミュニケーションズ 取締役副社長
事業内容:システム構築事業
従業員数:376名
・コーディネーター 上野 創さん
朝日新聞社 東京本社教育企画部ディレクター
社員1人当たり年10万円で健康を守る施策は打てる
上野:がん治療と仕事の両立支援の話になると「大企業だからできるんじゃないか」「中小企業の取り組みも知りたい」という意見がたくさん出ます。そこで3社の中小企業にお声がけをしたところ、「いやいや、中小企業だからできるんだ」という声が返ってきました。まずは谷口さん、貴社の取り組みについてお話しいただけますか?
谷口:当社の特徴は2つあります。一つは創業初年度から、どんな働き方も受け入れると創業者の私が宣言をしていること。入社面談でも必ずそれを伝えていて、子育てや介護、病気といったことに限らず、中には「3カ月に一度10日休みたい」という劇団員の社員もいます。
もう一つは、健康や命に関することは大企業以上に保障すると打ち出していること。例えば会社の健康診断のオプションは通常有料ですが、「お金がもったいない」「まだ30歳だからがんは大丈夫だろう」といった理由から付けない社員もいます。そこで最初から強制的にオプションで選べるようにしました。
また、月1500円ほどで入れる所得保障の保険や、個人ではなかなか入らない医療保険など、会社が社員に対して一括で保険をかけることにより、コストを下げつつ全員の管理ができています。万が一病気になった時に社員が困らなくて済みますし、そういったことが退職率の低下や会社へのロイヤリティ向上につながると考えています。
上野:ただの温情だけでなく、会社を経営するための戦略として捉えているのが印象的です。いろいろな事情を抱える社員に対応するコツはあるのでしょうか?
谷口:「受け入れる覚悟」というのがベースにはありますが、具体的な工夫としてはまず「複数の仕事をできる状態にする」ということです。例えば営業で採用した従業員に財務や労務の仕事を経験してもらう。いざという時に欠員が出ても、他のメンバーが助け合えるようにしています。
一方では納得性を高めるために、制限のない働き方をしている社員と、制限のある働き方をしている社員でカテゴリを明確に分け、評価基準もそれぞれ設けています。
上野:改めて、中小企業だからこそできることとは何なんでしょうか?
谷口:中小企業の強みは、たとえ制度がなくても、どんな形あれ社長が強い意志を持って実現できるということだと思います。
私が会社を創業するのは当社が2社目ですが、1社目の時は体力があってバリバリ働ける20〜30代のメンバーが中心でした。事業としてはそれなりにうまくいったものの、長期安定的に発展をすることを考えたときに、正しくない戦略だと思いました。
(写真左から上野 創さん、谷口 正俊さん、松下 和正さん、永江 耕治さん)
谷口:実際、2社目となる当社で「どんな働き方でも受け入れる」と宣言してから、通常はおそらく採用できないであろう人が来てくれています。例えば介護の都合で前職の大企業にいられなくなってしまったトップエンジニアの方が、創業間もない当社に定着してくれている。これは中小企業の経営として、純粋に得だと感じています。
合理性を考えた時に、中小企業は大企業に比べてどうしても人材が不足していますから、病気や介護で退職されてしまうことのリスクは非常に大きいです。それを防ごうとした時に、年収を100万円上げるのは経営上厳しいですけど、月1500円の所得補償をかける、健康診断にがん検診を付ける、感染症の予防注射をするといったことであれば現実的ですよね。年間で1人あたり10万円もかからない話ですから。
その結果、社員が安心して働ける会社だと認識をしてくれれば、会社に対するコミットが大きくなり、生産性が上がり、離職率が低下して逸失利益を減らすことができる。こういう考え方を中小企業は持つことができれば、合理的な面から就労支援は促進できるのではないかと思っています。
「人」に関することをワンストップで行う独立部署を用意
上野:「中小企業だからこそやりやすい」という言葉は松下社長の言葉です。松下産業の取り組みについてお話しいただけますか?
松下:当社には過去10年間で、健康診断でがんが見つかって就労を継続した従業員が14人います。そのうち現在も働いている人が9人。これはごく普通の数字だと思います。がんのことを話すのは当たり前の風土であり、それはちょっと変わっているような気もします。
当社は従業員数30名ぐらいの頃から、がんや脳出血、怪我をした人が普通に治療しながら働いていました。元々、資格を取って現場所長をやっているような経験豊富な方ががんに罹患することが多く、そうすると本人も働きたいし、周りも「あの人がいないと困る」となりますので、仕事と治療を両立するのは当たり前でした。
ですので、病気でも動けるのにどうして辞めてしまうんだろうと思ってしまうのが正直なところでした。ただ、東京都から表彰されたり、国立がん研究センターのプロジェクトに参加したりといった機会にも恵まれる中で、最近になって「もしかしてれまでの取り組みは当たり前じゃないのかもしれない」と気付いたところです。
では何が違うのかというと、6つあると思います。1つ目は、「まずは直接、本人・家族と話す」こと。幸い当社の場合はすぐに辞めようとか、治療に専念しようとは思わない風土がありますが、とはいえご家族は不安でしょうから、本人と家族と話し、希望をヒアリングする機会を設けています。
2つ目は「主治医・産業医・専門家との連携」です。やはり産業医さんは非常に重要だと思います。産業医さんや産業保健師さんと連携してお互いに情報収集・交換をしたり、がんに限らず難しい病気になった場合に、主治医から手術や治療方針について説明を受ける際、産業保健師さんや産業医さんに立ち会っていただいたりすることもあります。また、がんの場合は「がん相談支援センター」が各所にありますので、こういった情報は全社員、協力会社、それから社員の家族に対しても共有するようにしています。
3つ目は「治療を支える家族のサポート」です。特に中小企業の場合は社員の家族と距離が近いですから、普段からファミリーデーや職場参観を行い、従業員の家族と交流の機会を作っています。
4つ目は「社内制度・公的支援の周知、病気の理解促進」。病気になった時に使える制度や、誰に連絡すればいいのかといった情報をA4の紙1枚でわかりやすくシンプルにまとめています。
松下:用意しているものとしては、在宅勤務や時短といった一般的な制度のほか、会社として「GLTD(団体長期障害所得保障保険)」に加入しています。これは月1500円で年収の40%が保障される保険で、65歳までの期間、どんな病気であっても働けなくなった場合に適応されます。それからがん検診は産業医の先生と過剰にならないように相談しながらやっていますが、35歳以上の従業員には全部受けてもらっています。
この2つを両方やったとしても、社員1人当たり年間45000円程度です。このくらいの負担で社員が安心できて、万が一の場合に年収の40%が保障されるのであれば非常に良いと思いますので、中小企業の方も、働く個人の方も、ぜひ導入していただきたいと思います。
5つ目は「日ごろの情報収集とニーズ把握」。これは直属の上司や人事といった通常のラインで行おうとするとなかなかうまくいきません。当社の場合は「ヒューマンリソースセンター」という、「人」に関することをワンストップで行う独立した部署を作り、希望者が相談できるような形をとっています。
松下:資格を取るなどの自己啓発、プライベートの子育てや介護、自身の健康管理、お金の管理など、社員の悩みを解決する仕組みとして作った部署ですが、非常に効果的だと感じています。
平成30年度版「厚生労働白書」では治療と就労の両立支援に結構なページが割かれていますが、その中で当社のヒューマンリソースセンターについても取り上げられています。ワンストップで対応してくれる駆け込み寺があって、そこが専門家との連携もしてくれる。そういう安心があることが両立支援につながるのではと思います。
松下:6つ目は「会社とのつながり、やりがいを感じてもらう」こと。入院や治療をしている人に、社内報やイントラを通じて社内に向けて発信できることを伝えると、ほとんどの人が治療やリハビリの状況について発信してくれます。そうすると、その人の状況だけでなく、病気に対する理解も進みますから、結果的にがんや病気に対する社員の共通理解ができたように思います。
社員の顔が見えて融通が利く中小企業は、ルールを超えた対応がしやすい
上野:永江さんは現在副社長ですが、がんの経験者でもあって、がんに罹患した当時は一社員でした。当事者と経営者の双方の目線から、がんについて考えているかと思います。
永江: 私ががんに罹患したのは10年前で、精巣がんを告知された当日に手術をし、半年の治療を経て復職しました、自身ががんになった経験は企業の取り組みにも反映させていて、がんアライアワード2018ではゴールドを受賞しています。会社として、がんに罹患しても働き続けられる社会を望んでいます。
当社の取り組みの一つとして、例えば時間単位の年次有給休暇制度を導入しています。1年間に5日間まで、1時間単位で休暇を取得できるというものです。ただ、制度よりも大切なのは、「コンパッション」という考え方ではないかと考えています。
永江:コンパッションは「慈悲」や「思いやり」とも訳されますが、私は「相手に寄り添うこと」だと解釈しています。具体的な制度はなくても、サポートしようとしていることが当事者に伝わるだけで、心理的安全性は確保されるものです。私自身、がんに罹患した時に社長から「いつでも戻ってこい」と言われたことが、一番安心感につながったと感じています。
上野:中小企業は人数が少ないゆえに、他の社員への配慮をどうしたらいいのかわからないという悩みもあると思いますが、その辺も合わせて、中小企業だからこそできることとは何なんでしょうか?
永江:私が当社に入ったのは、従業員数が100人にも満たない頃でした。それが400人近くまで増えると、システマチックにしていかなければ事業のオペレーションが回らなくなります。大企業であればなおさら、努力をしなければ回らないでしょう。
ただ、ルールを超えた例外対応みたいなところは、規模が小さいほど融通が利きやすいものです。仕事とがん治療の両立という話になるとどうしても人事制度の話になりがちですし、たしかに重要ではあるのですが、制度やルールを超えたところにも大切なものがあると思っています。
そして、ルールを超えるためには、顔が見えることが重要です。トップの意思決定はもちろん重要ですが、人数が多くなって名前が顔と一致しなくなってくると、ある意味で社員が記号化してしまう。
一方で性格やバックボーン、家族構成など、よく知っている社員であれば、やはり「何とかしてあげよう」と思うものです。そういう感情的な部分が効きやすいのは中小企業のメリットだと思っています。
他の社員への配慮についても今の話と同様で、制度やルールを超えてがんになった社員を支えるためには、「あの人に戻ってきてもらいたい」「なんとかしたい」という気持ちを周囲の人たちが根底に持てることが非常に重要です。周囲の人たちの想像力も必要ですが、それ以上にがんに罹患した当事者が、病気になる前から周囲との関係性をきちんと作っておくのが、実はとても重要だと思います。
取材・文・撮影/天野夏海