【中小企業向け】社員が「がんに罹患」した場合の主治医とのやり取りのポイント/産業医科大学・江口尚先生 - がんアライ部
もしも従業員から「がんに罹患した」と報告を受けたら、どのように対応したらいいのでしょうか。
特に中小企業の場合、大手企業とは異なり制度や体制が整っていないことも多く、また人事担当者に求められる役割が多岐にわたることもあり、突然の事態に戸惑ってしまうこともあると思います。
そこで、産業医科大学の江口尚先生にインタビュー。治療と仕事の両立支援について研究する江口先生に、がんに罹患した従業員と主治医との間でどのようなコミュニケーションが発生し、そこに人事担当者としてどのように携わればいいのか、アドバイスをいただきました。
<プロフィール>
産業医科大学
江口 尚 先生
2001年、産業医科大学医学部卒業。01年5月、福岡徳洲会病院で臨床研修医となる。04年6月、産業医科大学 産業生態科学研究所・産業保健経済学研究室専門修練医。その後、中小企業、大手企業等で産業医として経験を積んだのち、20年7月、同大学産業生態科学研究所・産業精神保健学研究室教授就任。職場の心理社会的要因と労働者の健康、小規模事業場のメンタルヘルス、治療と仕事の両立支援、障害のある方の産業保健などについて研究
主治医の治療計画を基に、人事担当者が対応をする際のポイント
——医師が患者にがんの告知をしてから、告知を受けた本人が勤務先に報告し、実際の治療が始まるまでの流れについて教えてください。本人と主治医の間で、どのようなやり取りが発生するのでしょうか。
がんの状況や病院によって異なるという前提ですが、基本の流れとしては、まず医者からはがん告知と同時に今後の治療計画が示されます。患者はそれを基に勤務先と相談し、その後の対応を決めていくことになるでしょう。
本来であれば告知の時点で本人から医師に対し、仕事を続ける上で支障が出そうな気になる点を確認するために、「治療計画のこの点はどれぐらい融通が利きますか?」など、主治医として譲れる線、譲れない線を確認し、医師から提示された選択肢に応じてどのようなリスクがあるのかを聞けるのが理想です。
ただ、告知は青天の霹靂であり、ほとんどの方にとっては心理的にショックな出来事です。冷静に先生とやり取りができる人は少数ですので、多くの場合、患者は告知の事実を一旦持ち帰ることになります。
そうやって一度自分の気持ちを落ち着かせ、がんに罹患したことを受け止め、周囲の人や勤務先に相談しながら、以降の受診時に主治医と治療の内容やスケジュールを決めていくのが一般的かと思います。
——治療計画を踏まえて仕事や働き方を調整する際、人事担当者が気をつけるべきことはありますか?
これは両立支援全体における大切なポイントですが、まずは本人の気持ちを聞いてください。
よくあるのが、相手を心配するあまり、「仕事のことは気にせず、治療を優先してください」と言ってしまうケース。
たしかに治療を優先する人の方が多いですが、仕事への想いは人それぞれ異なります。中には「来週から入院と言われたけど、仕事をきちんと引き継ぎたいから来週いっぱいは仕事をしたい」という人もいるでしょう。
医師の立場からしても、がんという疾患でいえば1週間の違いで致命的になることは少数であり、「それなら入院は1週間遅らせましょう」と判断することもあります。
特に会社員の場合、健康診断で異常が見つかったことがきっかけでがんがわかるケースが多いので、心理的に不安定にはなるものの、ほとんどの人は告知を受ける前後で体力や就業能力に大きな変化はありません。
つまり、医師が提示した理想の治療計画を100%実現するかどうかは、本人の意向によって変わるのです。
——特に従業員ががんに罹患するのが初めてな場合、つい「治療を優先すべきだろう」と思ってしまいそうです。
本人もまた、治療を優先するしかないと思い込んでいることがあります。まずは選択肢を示すためにも、「治療が最優先で全く問題はないけれど、もし仕事をしたいという希望があるなら相談に乗ります」と伝えてあげてください。
また、健康診断の結果を渡すタイミングで「もしがんの診断を受けたとしても、仕事をしながら治療ができる可能性もある」と一言添えるのもいいですね。
勤務情報提供書はコミュニケーションツールとして活用できる
——お互いの思い込みをなくし、フラットな状態でコミュニケーションを取ることが重要なのですね。
そうですね。ぜひ丁寧に、焦らず話を聞いてください。人によっては動揺してしまい、気持ちの整理がなかなかつかない人もいます。その場合は1回の面談で話をまとめようとせず、何度かに分けて話を聞けるといいですね。
もう一つ、本人が主治医への仕事についての相談がうまくできるようにハンドリングする意識も大切です。
受診の機会はそれほど頻繁にあるわけではないので、1回1回の受診で着実に必要な情報共有ができるのが理想です。主治医に確認・相談することがわからなかったり、主治医に伝えるべき情報があるにもかかわらず、準備不足でできなかったりする状態で受診するのはもったいないですから。
人事担当者が病状について詳しく知る必要はありませんが、本人が必要としている情報が何かを念頭に置きながら、次回の受診のスケジュールも念頭に置いて話を聞き、その情報をきちんと主治医に伝えられるように意識してください。
その際、主治医に勤務情報を伝えるための勤務情報提供書の作成をコミュニケーションに生かすといいと思います。企業によっては人事担当者が記入したり、本人が書いて人事がサインだけしたりするケースも見られますが、本人と人事で話をしながら作成するのが理想ですね。
——なぜでしょう?
勤務情報提供書はただ勤務情報を主治医に報告するためだけの書類ではなく、本人と勤務先がお互いの意向や不安なことなどを確認し、すり合わせをするツールでもあるからです。
がんに罹患した従業員が治療をしながら仕事をした結果、病状や体調が悪化する事態は企業としては最も避けたいことでしょう。だからこそ、
「まずはあなたがどんな仕事をしているかを確認していきましょう」
「この中で病気が影響しそうな業務はありますか?」
こういったやり取りをしながら、人事として心配なことを本人に対して率直に伝える。それを踏まえて本人が上司や同僚とも相談をしながら仕事と治療の両立にどう向き合うのかを考え、希望を聞きながら認識をすり合わせ、書類を作るプロセスは非常に重要です。
会話をする中で本人の考えも整理されますので、主治医に説明するときにも「人事がここを心配していました」など、伝えやすくなると思います。そういう効果もあることを意識して使っていただけるといいですね。
また、医師に勤務情報提供書を渡すときに、職場の写真を提示するのもおすすめです。デスクワークであれば机の写真を、製造の現場であれば動画など、リアルな様子がわかるものが確認できると、主治医も職場のイメージがしやすくなります。就業上の配慮などを記した意見書を主治医が作成する際に役立つと思います。
▲がんに罹患した人を起点とした両立支援の流れ(参照)
——がんの告知を受けて不安も大きい中、コミュニケーションをとりながら必要書類を一緒に作ることは、本人の気持ちを楽にするメリットもありそうですね。
まさにその通りです。手間も時間も掛かるのは事実ですし、特に中小企業の場合は余裕がないことも多いでしょう。ただ、両立支援はコミュニケーションが全てと言っても過言ではありません。最初にしっかり話を聞くことで、結果的にその後がスムーズになりますから、ぜひ時間をかけて本人と向き合っていただければと思います。
「働きながら治療」か「休職して治療」はどう判断する?
——その後は「働きながら治療する」か「休職して治療する」に分岐します。医師の治療計画がベースにはなりますが、本人の意向とどのように向き合い、会社として判断を下せばいいでしょうか。
ポイントは「Warm Heart, Cool Head(温かい心と冷静な頭)」です。企業は基本的には「決められた時間に、会社の規則内で働けるか」を念頭に置き、冷静な対応をする必要があります。
病気に配慮することと、特別扱いをするのは違います。ところが両立支援の現場では、時に本人に寄り添いすぎて特別扱いをしてしまい、職場内で不公平感が生じるケースもあるのです。特に中小企業では社長の裁量一つで動くところもありますが、人事担当者としては公平性、公正性の観点で考える必要があります。
例えば、時短勤務がなく、フルタイム勤務が前提となるのであれば、「配慮しても働けない状況」です。クールな判断と捉えられてしまう恐れもあるので伝え方には注意が必要ですが、その場合は休職という判断が適切でしょう。
だからこそ勤務情報提供書を作成する段階でのコミュニケーションが重要です。その際にフルタイム勤務が前提となることを本人に伝えておけば、本人もそのつもりで主治医とやり取りができ、より適切なアドバイスがもらえるはずですから。
——産業医がいない企業の場合、何を軸に「働きながら治療ができる」と判断すればいいか、迷ってしまいそうだなと思います。
誤解を恐れずに言うと、両立支援において、本人と会社がしっかり話し合い、お互いが納得できるのであれば、主治医や産業医などの医療職の介在は不要だと思っています。
もちろん会社という組織の中では説明責任が生じますし、診断書がないと制度が使えないこともあります。規模の大きな会社になればなおさらでしょう。そういった意味で医療従事者の介在が必要になることはありますが、基本は本人と会社との話し合いがベースとなるので、産業医などの医療職のアドバイスがなくてもナチュラルにうまくやっている事例も多くあります。
むしろどれだけ良い産業医や主治医がいようとも、本人と勤務先の関係性が悪いとどうにもならなくなってしまいます。関係性の土台をつくるのは、最初に報告を受けてから治療が始まるまでのコミュニケーション。そういう意味でも、ここに時間をかけることが重要なのです。
復職の鍵は休職中のコミュニケーション
——働きながら治療をする場合、コミュニケーションの機会をつくるのは容易ですが、休職の場合はどうしたらいいでしょうか。
休職は労働者の権利です。休職中に状況を報告してほしいというのは会社の希望であり、本人にとっては任意。なので、休職前に「心配だから定期的に連絡がほしい」とお願いをした上で、本人の希望を聞きましょう。
仮に「治療中は一切会社と連絡を取りたくない」ということであっても、「あなたのことが心配だし、会社に戻ってきてほしいと思っている。だからこういう段階になったら連絡がほしい」と伝えることが重要です。
なぜならば、定期的に連絡を取った方が復職のタイミングを逃さずに済むからです。変に休職期間を長引かせずに済みますし、復職の準備段階からフォローがしやすいのです。
よくあるのが、「2週間後の主治医との面談で復職の判断してもらおうと思っている」と突然言われたものの、復職できる水準に本人が至っていないケース。休職中に様子を確認しながら、「日中は昼寝をせずに一定の活動度を保つことが目安」「1日1万歩ほど歩ける体力を目安にしたい」など、復職の条件を本人に伝えられていれば齟齬は生じませんし、本人もそこを目標に頑張れます。
また、本人が復職可能と書かれた主治医の診断書を事前のコミュニケーションなくいきなり提出するケースもありますが、会社として復職を認められない場合、厳格な主治医の中には「主治医として復職可能の診断をしたのだから、これ以上傷病手当金の書類は書けない」という人もいます。そういう手続き上のトラブルが発生する可能性もあるので、本人のためにも会社側が状況を把握しておく必要があるのです。
そもそも復職は双方に関わる話ですから、会社の都合だけでなく、「本人のために」というスタンスを意識して、休職中のコミュニケーションについてすり合わせができるといいですね。
——コロナ禍でリモートワークが普及したことで、復職時に「リモートワークなら可能」と判断する医師が増えたと社労士の先生が言っていました。そのような齟齬を防ぐことにもつながりそうですね。
本人もまた、会社としては出勤での復職を想定しているにも関わらず、在宅勤務を前提とした復職を考えてしまっているケースもありますね。認識の違いはトラブルの元になりかねませんから、その意味でもコミュニケーションが大切です。
なお、メンタル疾患も含めてですが、「リモートワークなら復職可能」という判断をする際は、本人と会社と主治医でリスクを含めて話し合いをする必要があると考えています。復帰直後は体調が不安定になりやすく一番リスクが高い時期ですからね。
——リモートワークのリスク、ですか?
本人の負担を軽減するためのリモートワークですが、会社の目が届かないデメリットもあります。家にいるから安心な気がするけれど、あくまで仕事中。もし本人と連絡が取れなくなった場合に本人の安否確認をどうするのか、想定しておく必要があります。
一方の出社は本人の様子がわかるものの通勤が負担になるわけで、どちらが正しいというものではありません。そういったリスクを把握した上で在宅勤務での復職という判断をするのはもちろんいいのですが、人事担当者の中には在宅勤務のリスクを過小に見積もっている人も少なくないと感じています。
そもそも、休むことと在宅勤務をすることは全くの別物です。「体調が悪いから在宅勤務をする」という人がいますが、体調が悪いのであれば休みましょうという話ですよね。治療後の復職となればなおさら、体調が悪いなら休んだ方がいいですから。
もちろん会社の姿勢として「体調が悪いときは在宅勤務も可」なのであればいいのですが、なんとなく「体調悪いなら在宅でいいよ」というのは、見直してもいいのではと思います。
主治医との面談に人事担当者が同行するのも選択肢の一つ
——これまで本人とのコミュニケーションの重要性について聞きましたが、企業と主治医とのコミュニケーションについて、何かアドバイスはありますか?
企業側からがん罹患者にできる配慮、つまりは時短勤務や在宅勤務などの制度を示せるといいですね。
従来は主治医から企業に必要な配慮を示してもらうことが多かったですが、企業としてかなえられないこともあると思いますので、会社主導ですり合わせをする方がスムーズだと思います。
例えば、「時短勤務はできない」と企業から事前に伝えられれば、「フルタイムで働けるまでもう少し療養が必要」と、医師も企業の状況に応じた判断ができます。
ただ、これは書面だけで行うには限界があります。特に本人の状況が込み入っていると書面だけではなかなかイメージができないので、その場合は本人と一緒に主治医のところに行くのも一つの選択肢ですね。
——医学的な話が理解できるかという不安もありますが……。
それでいいと思います。主治医の中には、自分が作成をした意見書が独り歩きして悪用されるのではないか、患者に想定外の不利益を生じるのではないか、と心配するあまり、抽象的な表現をしてしまう人もいます。また、医師が企業に対して必要な配慮を提示した際に、真摯に受け止める会社もあれば、参考意見の一つと考える会社もあり、企業にどの程度の重さで受け止められるかがわからないことも多いです。
それであれば、お互い顔が見える関係性を築いた方がスムーズです。事前に本人から主治医に聞いてもらい、了解を取った上で同行する分には何の問題もありません。メンタル疾患では人事が主治医のところに同行するケースが一般化しつつあるので、がんの専門医にも抵抗感はなくなってきているのではと思います。
特に復職の条件を決めるタイミングで、会社としてできること、できないことを伝えながら、必要な配慮を直接やり取りするのは有効です。
何より、文章と対面の会話では情報量が全く違います。移動も伴うので時間はかかりますが、トータルで考えれば病院に行ってしまった方が楽かつ早いケースは多いと思いますね。
ただし、外来患者が多く忙しい主治医の外来時間は限られます。可能であれば、事前に、主治医への相談の進め方についてソーシャルワーカーなどに相談をしておくといいと思います。
——最後に、これから両立支援を行おうとしている中小企業に対して、メッセージをお願いします。
両立支援のハードルを上げないでいただければと思います。大変なことであり、専門的な知識がないとできないと思っている人が多いですが、そんなことはありません。本人に仕事をしたいという意欲があり、その意欲を汲みたいという想いが会社にあれば誰でもできますし、通常のコミュニケーションで必要な情報はほぼ取れます。
各種書類の作成は厚生労働省のページにフォーマットがありますし、サポートツールもあります。
この先はダイバーシティとともに、人事の対応も多様化していきます。がんに限らず、一人一人の状況を踏まえた上での対応が求められていくでしょう。そう考えれば、病気になった人を特別視する必要もありません。
「この人に能力や経験を生かして長く働いてほしい」という気持ちさえ忘れなければ、決して対応を見誤ることはないと僕は思います。両立支援は人事担当者の皆さんが要ですから、気負い過ぎず、真摯に従業員の方と向き合っていただければと思います。
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取材・文/天野夏海