「がん罹患」が理由の退職はゼロ!経営破綻を機に取り組んだJALの健康経営 - がんアライ部
経済産業省が選定する「健康経営銘柄」に3年連続で選ばれた日本航空株式会社。健康経営に取り組み始めたきっかけは、2010年の経営破綻でした。
「5万人近くいた社員を3万人まで削減して、残った社員も不安を抱えていました。社員が疲労困憊している状態では、航空会社として最高のサービスは提供できません。会社を再生させるためには社員の心身の健康が一番大切。安全運航を実現するためにも、健康に対する取り組みは熱心に行っていましたが、改めて立ち戻りました」
こう話してくれたのは、日本航空株式会社・健康管理部部長の今村厳一さん。2012年に5カ年の中期経営計画と連動した健康施策『JAL Wellness 2016』を作成し、全社員を巻き込み精力的に活動をしてきました。どのように取り組みを始めて、これまでにどのようなことを行ってきたのでしょうか。
医療費データの分析から設定した目標と施策
最初に始めたのは、現状確認。具体的には医療費のデータ分析です。
「グループ全体の医療費を見てみると、生活習慣に関連する疾患への医療費が46%、疾患別に見ると一番多い循環器系が15.6%、がんが14.4%ということが分かりました。年齢別に見ると40代から男性は循環器系が、女性は乳がんや子宮がんなどのがんの治療費が増えてくる。つまりもっと若いうちから健康を維持するために手を打たなければいけません。そんなことがデータから見えてきました」
医療費が大きい生活習慣病とがん、そして一度休んでしまうと復帰に時間がかかってしまうメンタルヘルスの3つに軸足を置いて、それぞれ目標を設定。
<がん予防のための目標と施策>
・目標:喫煙率を20%未満に引き下げ
・2015年末に本社ビルに複数あった喫煙所を廃止
・毎月22日の禁煙の日「スワンスワン(吸わん吸わん)の日)」を実践し、朝出社する社員に禁煙を呼び掛け
「2014年に喫煙率20%未満の目標は達成しましたが、若い女性が増えたことで、たばこを吸わない人が増えたんですよね。整備や地上ハンドリング作業を担っている男性が多い関連会社だと喫煙率は50%を超えるところもあります。数字に騙されず、それぞれの会社の特徴を見ていかないといけませんね」
がん以外にも、生活習慣病であればBMI適正範囲内の社員の割合、メンタルヘルスであればストレスチェックの実施率など、明確な目標が定められています。例えば生活習慣病であれば、BMI数値の高い社員に健康診断の2ヶ月前から健保が提供する「脱メタボ塾課外授業」を実践してもらい、その間管理栄養士がマンツーマンで進捗をチェック。ただ目標を掲げるだけでなく、達成するための具体的な施策にまで落とし込んでいるとのこと。
<その他の施策>
・「階段のすゝめ」ステッカー
エレベーターに「階段のすゝめ」のステッカーを貼り、登るときは2階分、降りるときは3階分を目安に階段を使うことを推奨
・「本気のラジオ体操」
オリジナル動画を作成し、毎朝ラジオ体操を実施。車椅子の社員のために椅子に座ったままできる体操に。
・副社長を「健康経営責任者」に設定
副社長を「健康経営責任者」に置き、全社員への健診などの呼びかけを副社長からメール配信
・社員のニーズを把握しながら進化する在宅勤務制度
連続8時間からスタートした在宅勤務は、社員のニーズを把握しながら、合計が8時間勤務になれば、合間に仕事以外の用事に時間を割くことを認めた。また、在宅勤務と半休の組み合わせも可能に。
「例えば8〜12時で在宅勤務、12〜15時で病院、15〜19時で再び在宅勤務、または午前は在宅勤務で午後は半休を取得して病院に行くといった柔軟なワークスタイルが可能になりました。さらに当初は自宅に限定していた在宅制度の勤務範囲を図書館やカフェまで拡大しています。笑い話ですが、『奥さんから家にいることを不思議がられてしまうから外で仕事したい』という声が男性社員からあがったんですよ(笑)」
客室乗務員でも復帰できる! がんに罹患した社員への取り組み
がんにならないための取り組みを重点的に実施するというのが同社の基本方針ですが、罹患してしまった場合の復帰支援にも取り組んでいます。
「休職中の心のケアは非常に大切です。長く休んだり治療をしていたりすると精神的に不安になりがちなので、カウンセラーと定期的な電話や対面での面談を設けています。以前は1〜2年しっかり休んでから復帰してもらうっていう考え方でしたが、今は『どうやったら治療しながら働いてもらえるか』にシフトしています」
現在は「半年間を上限に就業時間の8割勤務」を基本とした復帰支援を実施。ここで問題になるのが、全体の8割を占めるシフト勤務者です。在宅ワークができず、働き方を調整するのは困難。中でも難しいのが、狭い機内で時差や気圧の変化に晒される客室乗務員です。病気の治療をしながら仕事をするためには、より専門的なサポートが必要。そこで重要になってくるのが、社員が所属する組織と健康管理部の連携です。
「客室乗務員は保安要員ですから、フライトでのパフォーマンスは100%発揮しなければなりません。治療中だから8割しかできないというわけにはいかないんですね。そこが特殊で難しいところ。そこで、客室乗務員の組織の中に『健やか増進室』という部署を作りました。一人一人の近況を把握して、復帰に向けた支援準備を担っています。そこと健康管理部で連携して、最終的には産業医が復帰のさせ方を考える。安全に直結するので、面談を重ねながらオーダーメイドでやっています」
フライト中の業務を削減できない代わりに、月間で勤務時間をコントロール。復帰後の1〜2ヶ月は近距離や日帰りのフライトから始めるなどの調整をしながら、徐々にフライト時間を増やし、最長6カ月間で100%に戻します。
「過去5年において、全職種で244人ががんに罹患をして、そのうち188人が現在復職しています。いろいろな事情が絡むので完全には分かりませんが、会社が把握している限りではがんを理由に退職した人は0です。少なくとも病気と仕事の両立が難しいという理由だけで退職したという声はない。がん罹患者が元気に働いている姿を見ているから、病気が分かって不安になっていきなり辞めてしまうこともありません」
経営トップをその気にさせる鍵は“客観的な数字”
こうして健康経営銘柄を3年連続で受賞。JALが徹底しているのは、「社員の健康状態や医療費の見える化」です。象徴的なのは、副社長を議長においた役員会議『JALウエルネス推進会』。
「上期と下期に1回ずつ、各社社員の健康状態をレポートにしています。『あなたの会社の社員は高血圧の人が○人です』『医療費が○○円掛かっています』といったように数値で話します」
目に見えない健康を見える化するのは難しいですが、社員が健康であるかどうかは、現場で毎日社員を見ている上司にこそ把握しておいてほしいもの。その間のコミュニケーションづくりも欠かしていません。
「上司にしっかりと部下の健康を意識してもらうために、人事調査シートを大幅に変えました。健康診断の結果や再検査の有無、1年間の健康への目標について詳細に書かせるようにしたんです。個人情報なので任意ですが、空白で提出するのに抵抗があるようで、社員は結構細かく書いてくれるんですよね。社員の健康への意識も上がりますし、上司と部下の間で健康に関する話題が生まれます」
ただ目標について話すだけでなく、社員の意識も見える化。ES(従業員満足度)調査にも健康の項目を新たに追加し、社員の健康意識の変化を定点観測しています。そうして出した数字と業績を並べ、ある程度のスパンで見ていけば、関連性を示すこともできそうです。
「経営トップをその気にさせるためには、やっぱり客観的な数字です。健康経営という投資に対してどのくらいのリターンがいつ出るのか。健康はすぐに結果が出るものではないですが、世の中で健康経営が進まないのは、ここが明確ではないことが要因かなと思っています。まずは健診の受診率や医療費、欠勤率などの現状の数字をしっかり把握して、世の中や同業他社と比較し、『うちの会社はイケていない』というのを見せることで意識が変わるんじゃないかと思います」
そうして出した数字と業績を並べてある程度のスパンで見ていけば、何かしらの関連性が見えてきそうです。そして社員に対しては「正しい知識を提供すること」と今村さんは続けます。
「例えば禁煙を推奨すれば、喫煙者からは『人の体のことなんだから放っておいてくれ』という反発もあります。そういうときこそ、客観的な事実や同業他社の取り組みを見せる。以前行った健康のミニ講座で健保の医療費の仕組みについて説明したところ、病気になった時の医療費が社員の給料から支払われる保険料によって賄われていることを知らないわけですよ。対社員においても、そういう客観的な事実を伝えてあげることが大切だと思います」
>>『JAL Wellness』の詳細はこちら