がん対策は働き方改革の一つ。組織力を高め、業績を上げることにつながる【CancerXレポート】 - がんアライ部
がんアライ部発起人の鈴木美穂が「CancerX」というプロジェクトを立ち上げました。CancerXでは「コレクティブ・インパクト」をテーマに、がん罹患者や医療関係者だけではなく、あらゆる領域や立場を超えて、がんにまつわる課題を解決していくことを目的としています。
2月3日(日)に行われたキックオフイベント「CancerXサミット2019」の中から、発起人の桜井なおみと武田雅子が登壇した講演「がんになったら仕事はどうなるの?私たちにできること」の一部をご紹介します。
<登壇者プロフィール>
柿沼歩(NEC 健康管理センター医療主幹・労働衛生コンサルタント/写真右)
垣見俊之(伊藤忠商事株式会社 人事・総務部長/写真右から2番目)
桜井なおみ (キャンサーソリューションズ株式会社 代表取締役/写真中央右)
髙谷誠一(株式会社ポーラ 取締役執行役員/写真中央左)
武田雅子(カルビー株式会社 執行役員人事総務本部長/写真左から2番目)
[モデレーター] 高野真(Forbes JAPAN 代表取締役CEO 兼 編集長/写真左)
制度はあっても、会社の風土が追いついていない
モデレーター・高野:まず、がんと就労を取り巻く現状について、どなたかご説明いただけますか?
伊藤忠商事・垣見:もちろん企業によってさまざまですが、制度はあるものの十分に運用ができていない、あるいは会社の風土が追いついてないというのが、多くの日本企業の状況だと思っています。がんに罹患された方は、会社で働き続けることに対して不安な気持ちを抱えています。そうした方々が安心して「働き続けよう」と思える風土を作るには、まずはこうしたがん罹患者の気持ちを組織内で共有することが必要ですが、ここが当社も含めて、まだまだできていない印象です。
モデレーター・高野:登壇者の皆さんは、制度をうまく運用している企業の方々だと思います。どのように運用しているのでしょうか?
ポーラ・髙谷:社員との対話をどう深めていくのかが、非常に大事だと思っています。例えば、当社は全国に拠点があるのですが、がんに罹患した社員が安心して治療が受けられるように、元々の出身地に異動させたことがあります。個人の了解を得た上で、そうした情報を会社内で共有したことで、「意外と会社は要望を聞いてくれるんだ。じゃあこんなことはできるかな?」と、社員から相談がくるようになりました。会社に直接聞けない場合も、産業医の方と連携することで耳を傾けるようにしています。
伊藤忠商事・垣見:いろいろな取組みがあるんですけれども、去年から、がんに罹患された方の個人の業績目標に「仕事と治療の両立支援」を入れました。上司がきちんと状況を認知し、組織として支えるための制度です。これはどんな企業でもできる取り組みの一つだと思っています。いろいろな施策がありますが、まず「がん治療と仕事を両立することが個人と組織の目標である」ことを会社として宣言することは、組織の風土を変える意味で重要な施策になっていると実感しています。
モデレーター・高野:キャンサーソリューションズで働いている方々は全員がん経験者ということですが、どのような工夫をされていますか?
キャンサーソリューションズ・桜井:制度は一通り揃っていますが、それ以上にきめ細やかな配慮を心がけています。例えば、乳がんなどのおへそから上の病気の場合は上半身に、子宮頸がんなどのおへそから下の病気の場合は下半身に、それぞれ不自由さを持っていることが多いです。ですので、仕事はなるべく細分化して、両者を組み合わせることで一つの仕事にしています。
ワークシェアは時間をずらすだけで終わってしまっている企業が多いと思うんですけど、もっと作業項目を細分化し、組み合わせることで、最終的に一個のアウトプットができればいいですよね。また、業務には必ずサブ担当者をつけて、患者さん一人には絶対させないということもやっています。
休み方はあくまで「働き方」の一部にすぎない
モデレーター・高野:桜井さんは一般社団法人CSRプロジェクトの代表でもあるわけですよね。そちらではどのようなことをしているのか、ご紹介いただけますか?
キャンサーソリューションズ・桜井:無料の電話相談をやって10年が経ちます。社会保険労務士やソーシャルワーカー、人事など、さまざまな人が対応していますが、皆さんがんを経験した方々です。武田さんもその一人ですね。彼女は人事ですから、就労関連の相談が来ると「鬼の武田」になります(笑)。がんを経験した人だからこそ、「それじゃダメだよ」と、突っ込んで話ができる部分はあると思いますね。
カルビー・武田:やっぱり「がん」という言葉って、思考停止になっちゃうんですよね。「がんになったから就活がうまくいかない」とか「がんだからコミュニケーションの取り方を変えないとダメなんじゃないか」って考えてしまいがちなんですけど、本人が思うほど、人事はがんのことを気にしていないんです。
例えば就職の面接であれば、そもそも「何がしたい」「何ができる」ということを見るための場です。だからこそ、「治療があるからこんな働き方がしたいです」が先にくるのではなくて、まずは「仕事がしたい」というアピールをしましょうという話をすることはあります。ただ、鬼ではないし、怖くはないですからね(笑)
キャンサーソリューションズ・桜井:会社側も「本人が何をしたいか」「どんな働き方がしたいのか」を聞く前に、休み方を提示してしまいがちなんですよ。そうすると、「仕事をしちゃいけないんだ」「治療に専念しないとダメなんだ」と本人が思ってしまう。休み方はあくまでも「働き方の一部」ですから、「こんな働き方ができるよ」ということを最初に持ってきてもらえると、「がんでも働ける」ということがデフォルトになっていくと思いますね。
社員一人一人の小さなストーリーの積み重ねが風土をつくる
モデレーター・高野:皆さんはどのようにがんでも働ける風土をつくっていったのでしょう?
伊藤忠商事・垣見:がんに罹患して休みを取っていた社員が、「良い会社ランキングで伊藤忠が2位になったと新聞で見ました。ただ、私にとっては日本一いい会社です」と、当時の社長にメールを出したことがきっかけでした。残念ながらその社員は亡くなってしまいましたが、その社員の日本一いい会社という言葉を実現するために、徹底してがんへの取り組みをすると経営トップが誓ったことが、今の伊藤忠の取り組みのスタートです。
ポーラ・髙谷:当社の場合は、トップががんへの取り組みを経営課題にすると言った瞬間に、働き方改革を一つ上のステージに押し上げるチャンスだと、ポジティブな受け止め方ができたことが大きかったように思います。例えば短時間勤務制度などの制度はとりあえず作って、運用しながら改善していけるんですけど、在宅勤務はシステムなどが絡みますから、会社として投資の決断をしなければいけません。そういった課題も同時に解決できると捉えたんですね。
カルビー・武田:私は社員一人一人が自分の会社について語れるような、小さいストーリーの積み重ねが風土だと思っています。そういう意味で、風土を作っていくのは、がんに罹患された方の上司や職場の方なんだと思います。例えばがんになった仲間がいた時に、「私はこうした」「僕の職場ではこうした」ということを、それぞれが自分事として言えるかどうか。それらをどれだけ積み重ねていけるか。制度を作っておしまい、本人と向かい合っておしまい、ではなく、職場の人たちを巻き込んで地道にストーリーを作っていくことが必要だと思いますね。
がん対策は組織力を高め、業績を上げることにつながる
モデレーター・高野:ハラスメントや LGBTなど、人事上の課題はたくさんある一方で、がん罹患者の人数はそれほど多くはないですよね。この辺りのプライオリティについてはいかがでしょうか。
伊藤忠商事・垣見:例えばがんになる3割の方が就労世代で、その多くが女性だと言われています。つまり、がん対策に取り組むことは女性活躍支援にもつながりますよね。従って優先順位はさまざまだと思いますが、がん対策を行うことは、社員一人一人が働きがいを持って、安心して働き続けられる環境づくりという点で、働き方改革の文脈の中でも非常に重要だと認識しています。
モデレーター・高野:「大企業だからできるんじゃないか」という意見もあると思いますが、この点についてはいかがでしょう?
カルビー・武田:がんと就労の問題に少しでも向き合った方はよくお分かりだと思うんですけど、結局突き詰めていけば、個別性の問題になるんですね。治療の内容は変わるし、体調にも波があって、今週調子が良さそうだからといって、翌週はもっと体調が良くなるわけではない。毎回きちんと向き合うことが大切で、そこは中小企業でもできることだと思いますし、たとえ大企業でも、そういった姿勢がなければ制度を作ってもうまくはいきません。
労働衛生コンサルタント・柿沼:体調が日々刻々と変化する中で、スピーディーな対応が必要ですよね。そういった時に、中小規模の組織の方が、私はコンパクトに物事を進められるんじゃないかと思います。中小企業だからできないということはありませんから、企業規模に関係なく、ぜひがんへの取り組みにチャレンジしていただきたいですね。
カルビー・武田:今日はたまたまがんというテーマでお話をしましたが、一人一人と向き合って、お互いが毎回そのフレッシュな気持ちで正直に、心の鎧を着ないで話すことができたら、結果的に全員活躍ができる環境がつくれて、それが企業の業績にもつながっていきます。制度も大切ですけど、実は一つの小さな声かけがスタートになるんだと思います。
伊藤忠商事・垣見:身近な方ががんになったとき、毎週のように会いに行くなど、できる限りの支援をしますよね。社員に対しても同じように支え合う風土ができれば、これほど組織力が高まることはないと思います。したがって、組織力を上げるためにも、がん対策は本当に大事なことだというふうに、企業の認識も変わっていかなければいけないと思っています。がんになった社員が孤独にならず、安心感を持って働き続けられる環境を整えることは経営課題の一つだということはお伝えしたいですね。
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取材・文:天野夏海