活動レポート

東京都福祉保健局主催「がんになった従業員の治療と仕事の両立支援セミナー」パネルディスカッションレポート - がんアライ部

東京都福祉保健局主催「がんになった従業員の治療と仕事の両立支援セミナー」パネルディスカッションレポート - がんアライ部

2023年3月24日、東京都福祉保健局主催の「がんになった従業員の治療と仕事の両立支援セミナー」がオンライン開催されました。

 

その中で行われた「治療と仕事の両立支援の実践」をテーマとしたパネルディスカッションに、がんアライ部事務局員であり、ライフネット生命保険人事総務部の篠原も参加。本記事では、その内容の一部をレポートします。

 

登壇者

声を聴き合う患者たち&ネットワーク「VOL-Net」代表 伊藤朋子氏

国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 血液内科部長 / 患者支援部入退院センター長 内田直之氏

独立行政法人労働者健康安全機構 東京労災病院 消化器外科部長 / 治療就労両立支援センター両立支援部長 神山博彦氏

ライフネット生命保険株式会社 人事総務部 篠原広高

東京都社会保険労務士会 がん患者・障がい者等就労支援特別委員会 委員長 染谷由美氏

制度「以外」を評価する声は多い

 

司会:仕事と治療の両立に関する取り組みについて、まずはライフネット生命保険の事例を教えてください。

 

篠原:当社が仕事とがん治療の両立支援に取り組む最初のきっかけは、自社のがん保険の商品開発でした。がんに罹患した方たちからさまざまな声をいただいたことで、「当社はがんに罹患した人にとって働きやすい環境なのだろうか」と考え、取り組みを始めています。

 

具体的な制度としては、「ライフサポート休暇」という特別休暇制度を運用しています。社員のニーズを踏まえて毎年内容を見直しており、特に好評なのは「ナイチンゲール休暇」と「ダブルエール休暇」です。

 

 

ナイチンゲール休暇は、いわゆる看護休暇。がん罹患者の方は、治療や休職を始める前に使うケースが多いです。もう一つのダブルエール休暇は、仕事と治療の両立支援を目的とした制度で、主に復職後の利用を想定しています。

 

なお、未使用分のナイチンゲール休暇は会社が積み立てておき、必要な人に付与できるようにしています。

 

 

こういった制度でがんに罹患した社員をサポートしていますが、当事者からは制度以外の部分を評価してもらうことがあります。

例えば、当社は社員数200名ほどですが、そのくらいの規模では上長の中にはがん罹患者への対応経験が乏しく不慣れな人もおり、人事の方が対応の経験を多く重ねていることがあるかと思います。当社では各部門から人事へいち早く情報を連携してもらう関係を作りつつ、人事から当事者に対し、制度やサポートなどを説明する機会を設けています。

 

また、休職期間中の連絡方法や頻度は、基本的に本人の希望に沿って決めています。当社のこれまでの経験上は、「自分が連絡したいタイミングで連絡をするので、その際に対応をしてほしい」という、適度な距離感があるコミュニケーションを好む人が多い印象です。

 

復職後の職場でのコミュニケーションも同様に、基本的に本人希望を優先しています。誰に対して、どこまで情報を開示するのかといった、コミュニケーションの範囲や濃さはもちろん、見た目のケアを必要としている人もいますので、ウェブ会議中のビデオをオフにすることをどのように現場に受け入れてもらうかなど、本人と相談しながら対応しています。

 

こういった制度の外側にある運用の部分も重要だと感じています。

 

両立支援は社会全体で取り組み、引き上げていくもの

 

篠原:両立支援の取り組みを行ったことで、がんに罹患した社員を支援できるだけでなく、会社全体に安心して働ける空気のようなものが醸成される効果があったと感じています。病気の治療を経て復帰し、継続的に会社に貢献してくれる人が増えることは、風土の面で企業にとって明確なメリットだと感じています。

 

一言でがんといっても、種類や症状、治療法など、実に多様です。それらへの対策を一つ一つ積み重ねていくことは、振り返ると、他の病気や、病気以外のさまざまな事情を抱えた社員が活躍できる素地を作ることにつながっているのです。がんに真剣に向き合うことで他の課題もカバーされていくのは、企業にとって価値ある取り組みだと思います。

 

ただ、「取得できる休暇日数が治療全体をカバーするには物足りない」といった声があるなど、当社の制度にもまだまだ課題はあります。改善をし続ける必要があると感じています。

 

また、両立支援の取り組みは民間の1社だけで取り組むものではなく、社会的な課題です。

当社では自社の取り組みを進めながら、2017年に「がんアライ部」という民間プロジェクトを立ち上げ、活動をしています。主に企業の人事、労務、健康推進担当者の方々に向けた情報発信を行っており、年1回の「がんアライアワード」を通じて企業の取り組みを表彰しています。

 

▲がんアライアワード詳細はこちら

 

人事は制度を作ることがありますが、制度だけ作っても片手落ちです。制度より風土。制度を周知し、実際に運用ができる状態にしていかなければ、絵に描いた餅になってしまいます。

 

私たちも風土をつくる難しさを感じていますが、企業の担当者の中には、問題意識を持ちながらも周りに同じ想いを持っている人がいなかったり、両立支援よりも優先順位が高い課題に向き合うのが精一杯だったりといった悩みもあると思います。

 

民間企業はビジネス領域では他社と競争し合っていますが、治療と就労の両立支援は「非競争領域」です。他社の良い事例をどんどん取り入れ、制度運用ができるレベルまで効率的に引き上げることも可能です。

 

民間企業や医療機関、行政、患者団体の皆さんなど、みんなで連携を取り合って、社会全体の両立支援を前に進めていきたいと思っています。

 

司会:両立支援の取り組みの効果について、治療就労両立支援センターの神山さんはどう思われますか?

神山:がんの罹患率は高まっていますので、当事者以外の従業員も「いつがんになるかわからない」という不安があるものです。

 

そういった中で、がんに罹患した従業員への支援を丁寧に行うことは、職場内の信頼感を高め、全ての従業員が安心して働ける事業所の風土をつくっていくことにつながるでしょう。

 

篠原さんがおっしゃるように、がんと向き合うことで、結果的にがん以外のことにも向き合うことができる体力がつくようにも思います。

 

配慮の具体例があると、当事者も相談がしやすい

 

司会:何から取り組んだらいいか分からないと悩む企業の方も多いと思います。がん患者・障がい者等就労支援で多くの企業をご覧になってきた染谷さんの視点から、アドバイスはありますか?

染谷:従業員からの相談があって初めて支援が始まりますので、まずは両立支援に関する会社の基本方針を作成し、それを周知することが一歩だと思います。

その上で、比較的取り組みやすいのは年次有給休暇の取得単位の変更です。1日単位でしか制度が利用できない企業は、半日単位、時間単位で取得できる制度を導入すると効果的です。

 

そうやって両立支援を会社がすることによって、安心感の醸成だけでなく、生産性向上につながった事例もありました。当事者および周りの従業員が「これだけ個人のためにいろいろしてくれるなら、その分自分も会社に貢献しよう」と感じるのだと思います。

 

司会:罹患者の視点として、患者会「VOL-Net」代表の伊藤さんはどう思いますか?

 

伊藤:実は罹患者本人も、何に困っているのか、つらいけれども何をしてもらいたいのか、具体的には分からないことがあります。休職した上に、さらに配慮をお願いしていいのか不安に感じることもあります。

 

なので、例えば「がんになった従業員の治療と仕事の両立支援サポートブック」に記載されている「バックヤードに休憩できるスペースを用意する」「トイレに行きやすくするために席を変える」といった配慮の具体例を見せてもらえると、「こんなことも言っていいんだ」と思えるのではないでしょうか。

 

▲「がんになった従業員の治療と仕事の両立支援サポートブック」44ページ(参照元

 

また、社内だけで全て対応するのは難しいと思いますので、両立支援コーディネーターやがん診療連携拠点の相談支援センターなど、会社の外にも相談できるところがあることを知っていると、お互いが楽になるかなと思います。

 

司会:治療医の立場から患者さんをご覧になっている、内田さんはいかがでしょうか?

 

内田:印象深かったのは、公務員の患者さんが職場復帰後に、「税金を払って初めて『社会に戻ってこられた』と思えた」とおっしゃっていたことです。「自分は社会に貢献できている」と実感できたのだと思いますが、治療からの職場復帰は、単に仕事に戻るだけでなく、人のいろいろな価値観を体現するものなのだと感じます。

従業員の治療や休職の「何が不安か」を分析するのが重要

 

司会:限られた人数で現場を回している企業の場合、従業員の治療や休職によって仕事が成立しなくなってしまう不安もあると思います。何かアドバイスはありますか?


染谷:まずは「不安の要素は何か」をしっかり分析をしていただければと思います。仕事が回らない理由には、人員不足のほか、例えば仕事が属人的になってしまっているといった要因も考えられます。

 

特に属人的な業務が多い場合、がんに限らず突発的な事態により本人が不在になった途端、仕事が回らなくなるリスクがあります。企業にとって大きなリスクですから、標準化すべき業務と属人的で問題ない業務の仕分けをした上で、標準化を進めていくといいですね。

 

がん治療と仕事の両立ができる職場は、誰もが働きやすい職場です。両立支援の取り組みを進めることは従業員のエンゲージメントの向上にもつながりますので、そういった観点も踏まえて行っていただければと思います。

 

篠原:耳が痛いご指摘だと思いました。当社も含め、中小企業はどうしても仕事が属人化してしまいがちです。

 

人事としては、やはり想像力を働かせなければと思います。「この人がいなくなったら、その仕事はどうなるのだろう」と想像すると、人を増やした方がいい、作業内容がわかるドキュメントが必要など、見えてくるものがある。それを一つ一つ解決していくしかないと思います。

 

両立支援に関わってから痛感するのは、魔法の杖はないということ。「これをやっておけば大丈夫」というものはなく、その都度出てきた課題を解決し、そしてそれを続ける継続性が大事なのだと思います。向き合うべき人事課題はたくさんありますが、両立支援もその一つとして、長く向き合っていかなければなりません。

 

>>セミナーの動画はこちら

>>【参考】がんになった従業員の治療と仕事の両立支援のための企業向け研修用教材

 

文/天野夏海

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