がんに罹患した社員は、どのくらいの期間で復職できる? がんと就労の研究結果から学ぶ、人事ができる両立支援【第2回勉強会レポート】 - がんアライ部
1月29日に赤坂見附のオープンコラボレーションスペース「LODGE」にて、がんアライ部の第2回勉強会を開催しました。
勉強会の前半は、人事担当者が「がんと仕事の両立」をサポートするための対応実務について、「がんと就労」研究の第一人者である遠藤源樹先生が講義を実施。後半はワークショップ形式で、人事担当者としてがんに罹患した社員をどのように支えるのか、情報交換を交えながらのディスカッションが行われました。
本レポートでは前半の講義の一部をご紹介します。
<プロフィール>
順天堂大学医学部公衆衛生学講座准教授 遠藤源樹先生
2003年産業医科大学医学部卒業。医師、医学博士、日本産業衛生学会専門医(産業衛生専門医)、公衆衛生専門家等。国の厚生労働科学研究・遠藤班「がん患者の就労継続及び職場復帰に資する研究」の研究代表を務めるなど、治療と就労の両立支援の第一人者。主な研究テーマは、「治療等と就労の両立支援(がんと就労、妊娠・育児と就労、不妊治療と就労、脳卒中・心筋梗塞と就労)「治療と就学の両立支援」。著書に『企業ができるがん治療と就労の両立支援 実務ガイド(株式会社日本法令)』がある。
がんに罹患した社員の休職と復職
休職を伴う病気で一番多いのはメンタルヘルスによる不調、その次にがん、脳卒中と続きます。予兆のあるメンタルヘルスや、健康診断の数値からある程度予測ができる脳卒中と異なり、がんはある日突然診断を受ける病気。それが大きな特徴です。
「『社員数660人の会社で毎年1人が、がんに罹患する』というのが平均値。女性やシニアが多い組織だとがんの発生率は高まります」
従来よりも長く働く女性が増え、定年が引き上がりシニアが今よりも働くようになれば、必然的にがんになる社員の数は増えていきます。いざ社員ががんになってしまったとき、どのくらい休む必要があって、復帰後はどのような働き方になるのか。会社としては一番気になるところですが、「休む期間はがんの種類やステージ、治療方針によって変わる」と遠藤先生は話します。
「内視鏡手術であれば1週間程度、有給休暇で補える範囲で復帰できる可能性が高いです。一方で、通常の手術や抗がん剤、放射線での治療の場合は、有給では補えない長期に渡った休養が必要となります。もちろんがんの種類によって大きく異なりますが、仕事を再開するまでに要した療養日数の中央値は、短時間勤務での復帰の場合は80日、フルタイムの場合は201日です。手術や抗がん剤治療で療養となっても、企業が短時間勤務制度を導入すれば、平均的には約3か月で復帰できることが少なくないのです」
がん罹患社員の最大の就労阻害要因は「疲労」
(後半の人事担当者同士のワークショップではテーブルごとに必要な制度や配慮についてディスカッションを実施)
復職日から1年の間に再び病休を取る人が多いものの、企業内でのケアは復職日から2年間が重要であるとのこと。「復職日から1年間働き続けられたら、『治療と就労の両立支援の壁』の約50%、2年間働き続けたら約75%を乗り越えたことを意味します」と遠藤先生。では、がん罹患者が仕事を再開するにあたって、何がハードルとなるのでしょうか。
「海外のがんサバイバー研究の結果、がん罹患者が働く際に問題となる一番の要因が疲労・体力低下(Cancer-related Fatigue)です。疲労は最も多くのがん罹患者に認められる症状で、6割以上の方がこの症状に苦しんでいるのです。あの社員は職場復帰したのに、なぜつらそうなのか。周囲の人がそう感じるケースは、がん罹患者の疲労や体力低下が原因になっていることがほとんどです」
復職ができる状態にあるのかを判断するポイントが、次の5つです。
- 生活リズムの確認(日常生活が「普通に」できるレベルか)
- 就労意欲の確認(働きたい意思があるか)
- 就業能力の確認(働くことができるレベルか)
- 職場の受け入れ態勢の確認
- 治療と就労の両立に関する環境の確認(通院時間の確保など)
がんと就労の問題は医療機関ではなく、企業の中で起きていること。遠藤先生は「企業の皆さんに制度を整えていただくことは本当に大事なこと」と訴えます。1〜3にあたる本人の状況を確認すると同時に、企業としてがんに罹患した社員が使える制度を整備することが重要です。
また、社員からがんに罹患したことを告げられたとき、絶対にやってはいけないのが「当事者と関係のない人に勝手に話すこと」です。
(『企業ができるがん治療と就労の両立支援 実務ガイド』より)
「診断書の内容を開示するのはもちろん、やってしまいがちなのが電話口で大きな声で療養中の社員と話をしたり、お酒の席で話してしまったりといったケースです。また、主治医や産業医から情報がほしい場合は、必ず事前に本人の承諾を得ること。情報の取り扱いには十分気をつけてください」
ポイントは事例性と疾病性を切り分け、“隠れた症状”の存在を理解すること
(『企業ができるがん治療と就労の両立支援 実務ガイド』より)
社員の状況をきちんと把握し、制度をしっかり整えても、復職後は本人の体調に応じた配慮が不可欠。そのときのキーワードとなるのが「事例性」と「疾病性」です。
「『事例性』は業務を遂行する上での支障となる客観的な事実のこと。例えば1日10回トイレで離席する、ミスが多いといった、通常の職務の中で生じているズレを指します。一方、『疾病性」』は治療内容、下痢、食欲がないといった病気や症状に関することです。会社は事例性をベースに対応し、疾病性については主治医や産業医などの医療職にボールを投げる。このように、事例性と疾病性を切り分けて対応すれば、治療と就労の両立支援はそれほど難しいことではありません」
注意点は、医療機関と会社では、コミュニケーションの”言語”が違うということ。医療機関では疾病性の言語で、会社では事例性の言語でコミュニケーションを取っています。
「例えば主治医から『下痢や倦怠感があるので、一定の配慮のもとで就労可能』と言われたときに、人事の皆さんには“一定の配慮”が分からないですよね。具体的に『座り作業であれば就労可能です』いったふうに、疾病性から事例性の言葉に翻訳できればいいのですが、現状はこれができる専門職が育っていない。両立支援が難しく感じる要因として、この「言語」の違いも課題です。現在、私を中心とした順天堂大学のチームでは、この疾病性の言語から事例性の言語への翻訳を目的に、『がん種別両立支援マトリクス』という、いわば「英和辞典」のようなものを作成しています。間もなく完成しますが、こういったツールによって、今までにないがん治療と就労の両立支援が実現できればと思っています」
こうした現状を理解していれば、人事や上司が主治医や産業医から受けたフィードバックを事例性として、業務を遂行する上で支障となることまで落とし込む意識を持つことができるはず。その意識があるだけでもコミュニケーションはスムーズになりそうです。
また、本人がなかなか言えない「隠れた症状」を人事や上司が念頭に置くこともポイントです。
「本人が言わない限り、周りの人には分かりづらい“隠れた症状”の代表的なものが、体力低下、体の痛み、メンタルヘルス不調・認知機能の低下などです。ここを拾ってあげないといけません。ただ、利害関係にある職場の人に言い出せないことが多く、定期面談を組んでも聞き取りにくい。本人の了承があることが前提ですが、定期的に産業医との面談を設定して、人事や上司がその内容のフィードバックを受けられるようにする、場合によっては主治医と連携して対応することが大切です。まずは“当事者が言い出せずに悩んでいることがある”という事実をご理解いただき、上司の方にはぜひ普段から社員の健康状態を気にかけていただきたいですね」
(『企業ができるがん治療と就労の両立支援 実務ガイド』より)
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遠藤先生の関連情報
書籍『企業ができるがん治療と就労の両立支援 実務ガイド』(株式会社日本法令)
遠藤先生の研究結果をまとめた1冊。本がん種類別の復職率・退職率・療養日数・勤務継続率などの詳細や、療養開始期〜復職後までのフェーズやがんのステージに応じた対応法、両立支援のための衛生管理者・産業医・社労士・産業看護職の活用法など、がんに罹患した社員を支えるために必要な情報が網羅されています。がん種類別の両立支援のポイントも記載。
>>【遠藤先生インタビュー】100社以上の産業医を務めた第一人者に聞く、企業が「がん治療と就労の両立支援」に取り組むべき理由
取材・文/天野夏海