「がん対策に経営が無関心なのは損」ポーラと伊藤忠商事の経営陣が考えるがん支援施策 - がんアライ部
ワールドキャンサーデーである2月4日、公益財団法人日本対がん協会と朝日新聞社主催のもと、『ネクストリボン2018 ~がんとの共生社会を目指して~』が行われました。
株式会社ポーラの代表取締役社長・横手喜一氏と、伊藤忠商事株式会社の代表取締役専務執行役員CAO・小林文彦氏による鼎談「がん対策は経営戦略~健康経営とダイバーシティー推進の視点から~」の一部をご紹介します。ファシリテーターはハフポスト日本版編集長・竹下隆一郎氏です。
ポーラと伊藤忠商事が「がんと仕事の両立支援」に取り組む理由
ハフポスト日本版編集長・竹下隆一郎氏(以下、ハフポスト・竹下氏):がんと向き合っている方への支援や対策に取り組もうと思った背景を教えてください。
ポーラ・横手氏:ポーラは全国に4万人いる、化粧品やお肌のお手入れのサービスを提供するビューティーディレクターの女性の活躍に支えられています。本社の従業員も7割は女性。だからこそ、女性が活躍できる環境を整えることが大きな経営の課題と考えながら、全国の現場を訪ね歩いていました。その中で、一人のビューティーディレクターに出会ったんです。
当社の社内報でも紹介したのですが、彼女は約8年前にがんであることが分かり、その当時すでに余命1年という宣告を受けていました。およそ半年の闘病生活を乗り越え、それ以来治療とポーラの仕事を両立して頑張ってくださっています。
仕事を通じて出会った仲間やお客さまの存在が生きる力になったこと、自分たちが提供しているお肌のお手入れのサービスが、がん罹患者の仲間にすごく喜ばれること。そんな話を通じて、ポーラのビジネスやサービスの社会的な意義に気付くことができました。ポーラとして、「がんと共に生きる」ということにしっかりと向き合って取り組むべきテーマではないか。彼女の話を聞いて、気付きを得た経験が、この取り組みにつながっています。
ハフポスト・竹下氏:社内報で発信したんですね。社員の方からの反響はいかがでしたか?
ポーラ・横手氏:反響は大きくて、「実はあの人もこんな活動をしている」「私も何か協力したい」といった声がありました。経営が関心を持つことによって、これまで地道に活動していた方を知ることができたり、力を貸してくれる社員がいることが分かったり、変化を感じましたね。社員が向き合っていることを経営がキャッチできていることが、風通しの良い組織をつくることにつながるのではと思います。
ハフポスト・竹下氏:伊藤忠商事ではがんと向き合う社員へのサポートをどのように始めたのでしょうか?
伊藤忠商事・小林氏:そもそもはがんを抱えている社員と、当社の社長との個人的なメールのやり取りがスタートでした。ある経済誌に「日本で2番目に社員が幸せな会社」として当社が掲載されたとき、その社員が闘病している間の周囲のサポートや、会社の施策への感謝から、「私にとっては日本一いい会社です。できるだけ早く復帰して、仕事をしたい」と社長にメールを送ったんです。
社長は非常に感銘を受けて、本人の許可を得て、「みんなでこの社員を応援しましょう」と、メールの内容を全社員に公表しました。残念ながら2週間後にその社員は亡くなってしまったのですが、社長は涙ながらに「彼が言ってくれたように、本当に日本一いい会社にしよう」と誓った。その決意を「がんに負けるな」と言うメッセージで社長が表明し、その内容を具現化したものが、当社のがん共生プログラムです。
つまり、当社は制度ができるまでの一連のストーリーを社員全員が共有している。「がんにさせるな、絶望させるな、支援しよう」ということが、すっと心に落ちたんですね。社長の想いや導入した新体制について、直ちに社内で浸透したというのが特徴です。
がんに罹患した社員を支えるための鍵は「教育」と「ストーリー」
ハフポスト・竹下氏:伊藤忠商事には多種多様な支援がありますよね。その一部をご紹介いただけますか?
伊藤忠商事・小林氏:特色の一つとしては、民間企業として初めて国立がん研究センターと提携しました。人間ドックは毎年行っていますが、それに加えてがんを見つけるための専門の検診を全社員にしてもらうようにしました。もしがんが見つかって、先進医療を受ける必要があれば、費用は会社が全額負担します。また、復職のときには一人ひとりに支援コーディネーターをつけて、病気のことを話しやすい環境を整えています。優秀な社員が復職できるようにし、みんなで支える環境をつくることで、本人が幸せになるだけでなく、支える周りの社員がやりがいを感じられる。そんな組織にしていきたいと思っています。
ハフポスト・竹下氏:社員の方がご自身の病気やご家族の病気について、話しやすい雰囲気をつくるために、ポーラではどのように工夫されていますか?
ポーラ・横手氏:我々はまだまだこれからなんですけれども、そもそもマネジメントに携わっている人間ががんをしっかり理解できていないんですよね。ですから、がんへの理解を深めるためのプログラムをこれから進めていこうと思っています。がんに向き合っている当事者だけではなく、全員ががんを理解し、応援していくという思いを持つことが大事かなと。そのために、がんとの共生を応援する会社の姿勢を、社員やビジネスパートナーに宣言する。経営上、一貫して同じメッセージや思想を発信し続けることが大切だと思っています。
伊藤忠商事・小林氏:私どももこの政策がしっかりと進むように、全組織の「長」と付く500名に対して、それぞれの役割や政策の中身についてじっくり教育をいたしました。現在も10名程度ががん共生プログラムのもとで支援コーディネーターをつけて仕事をしていますが、全ての組織で理解が得られています。
企業の規模は関係ない。この問題に無関心であることは損である
ハフポスト・竹下氏:がんとの共生の重要性を感じている一方で、「伊藤忠商事のような大きな企業だからできるんじゃないか」と思う方もいると思います。その点に関してはいかがでしょうか?
伊藤忠商事・小林氏:この取り組みにお金がかかるというのは確かだと思います。ただ、企業の規模やコストの大小に関わらず、これはやらなくてはならないことだと理解しています。
日本人の2人に1人が一生のうちでがんになる。がん患者の3人に1人が就労世代である。この数字自体が驚異的ですが、つまりは会社だけの事象だけではなく、社員の家族や親戚に、高い確率でがんの罹患者がいるということを意味するわけです。このような多くの社員に突き刺さる課題というのは、そう多くありません。この問題に関して、経営が無関心であることは極めて損であると思います。
新たにがんの政策を導入するのは大変かもしれません。しかし、フレックスタイム制度や短時間勤務制度など、現在の制度を少しがんに寄ったものにしていくことで、がんに対しての経営者の理解を示すことができる。そして何よりも、経営が理解を示し、社員を孤独から救うというメッセージを出すこと。これは企業規模や資産の大小を問わず、どこの会社でも必要で、やらざるを得ないことではないかと考えています 。
ハフポスト・竹下氏:どのようにがんと向き合い、サポートできる組織にすればいいのか。悩んでいる方もいると思います。組織として、リーダーとして、どのようなことができるのか、ぜひアドバイスをお願いします。
伊藤忠商事・小林氏:もしも企業がリーダーに、ただ「頑張れ」というメッセージを出しているとしたら、そこは是正する必要があるのではないかと思います。なぜならば会社全体が理解をしなければ成り立たない話で、トップが発信することが不可欠だからです。ただし「こういう制度を始めたのでよろしくお願いします」とトップが旗を振ってただ言うだけでは、なかなか職場の共感を生むような政策には繋がらない。そのための工夫の一つが、先ほども触れた「ストーリー」だと思います。
どのような小さな変化であったとしても、できることが限られているとしても、経営トップの思いをストーリーとして社員に伝えていく必要がある。そのストーリーに沿った取り組みから始めなければ、理解を得ることができずに、現場が苦しみます。
ポーラ・横手氏:どういう戦略があってどういう思いを伝えるかというところが大きいので、経営者として、私がやらなければいけない役割を肝に銘じたいと思います。これからは従業員が前向きに働ける環境をどう作るかということが、どこの会社でも大きな経営課題だと思うんですよね。従業員重視の経営と考えれば、がんとの共生はどの企業であっても決して縁遠いものではないと思います。
がんと共に生きることは、社会と共に生きること
ハフポスト・竹下氏:『がん対策は経営戦略』というのが今回のテーマですが、会社にとってがん対策がなぜ大事なのか。最後にメッセージとしてお願いします。
ポーラ・横手氏:2人に1人が一生のうちでがんになる時代ですから、がんと共に生きるということは、社会と共に生きることそのものだと思うんですね。社会と共に生きることを経営が必要とするのであれば、自ずと、がんと共に生きることに向き合わざるを得ない。それを経営が課題として考えることは、経営の社会に対する姿勢や感度を鍛えてくれることになるのではないかと思っています。ここに出てきてお話しするのも恥ずかしいぐらい、ポーラとしての取り組みはこれからなのですが、これから具体的な活動や思いの共有に取り組んでいきたいと思います。
伊藤忠商事・小林氏: 私どもは民間企業ですので、基本的には株主のご理解をいただく必要がある。がん共生プログラムに関しても、単純な福利厚生施策ということではなく、がんとの共生を支援することによって組織を強くし、より一層強い企業体にして収益を生み、それを株主にお返しするという姿勢が重要かと思います。
また、このような取り組みについて発表したところ、いろいろなところに報道をしていただき、あまりにも大きな反響をいただきました。全国からたくさんの激励を毎日のようにいただきます。
私どもは企業理念を「豊かさを担う責任」と申し上げていますが、偉そうに言ったところで、普段社員がそれを体感する機会はないわけです。しかし、私どもの一つの取り組みが、ひょっとしたら日本を少し良くすることに寄与できているのではないか。そう社員が体感でき、社員の忠誠心や帰属意識、やる気、やりがい、誇りにつながり、皆さまのいろいろな力を通して、この政策が企業価値を高めてくれた。そんな思わぬ副産物がありました。
このことは驚きであると同時に、大きな気付きと学びでした。これだけ関心を持っていただき、応援をしていただく施策になったことは、大変名誉なことだと思っています。