目の前の人を大事にすることに、病気の有無は関係ない【サイバーエージェント・曽山哲人×ライフネット生命保険・岩瀬大輔】 - がんアライ部
事業主は、がん患者の雇用継続に配慮するよう努めなければならない。2016年にがん対策基本法改正案で定められましたが、「若手社員が多いうちの会社には関係がない」と考える経営者や人事の方は多いかもしれません。
平均年齢31歳と若い社員が多く、「がんと就労」というテーマからは遠いイメージの株式会社サイバーエージェントにも、がんに罹患した社員がいるといいます。企業として、がんになった社員を支えることをどのように考えているのか。同社の人事統括として知られる曽山哲人さんと、がんアライ部代表発起人のライフネット生命社長の岩瀬大輔が対談しました。
がんに罹患した社員には2つの不安がある
岩瀬:がんと就労のテーマについて、本日は人事のプロである曽山さんにお話を伺いたいと思いますが、がんに罹患されている社員の方はどのくらいいらっしゃるんですか?
曽山:数名ですね。がんの種類はさまざまで、幸いにもこれまで全員が復帰できています。あとはがん以外の病気を理由に、休職している社員はいます。
岩瀬:どのような対応をしているんですか?
曽山:がんになったときの不安は、体調の不安と職務継続の不安と大きく2つ、あると思います。会社として、職務継続の不安を取り除くために、まずは寄り添って話を聞くことを大事にしています。労務がマンツーマンでまずは希望を全部聞いて、「もちろん会社は休んでいいから、まずは治療が最優先。医者から就業許可の診断が出たら戻ってきてね」というスタンスを最初に伝えています。
実は僕自身も30歳の時に手術が必要な病気で会社を1カ月間休んだことがあるんですよ。休むことや医療費の不安など、僕自身も一通り体験しているんです。病気や期間は別物ですが、この経験から社員の不安もイメージができているところはあります。
岩瀬:曽山さん自身の経験に基づいているんですね。復帰した社員に対する周囲の反応はいかがですか?
曽山:もともと組織風土として社員同士が仲が良いというのがあるので、歓迎されていますね。それはすごく感じます。
「個別性」を見逃している人事は多い
岩瀬:がんと就労の両立支援をする上で大事なことのひとつが、働きやすい環境づくりだと思います。現在の福利厚生制度はどのような経緯で作ってきたんですか?
曽山:大前提にしているのは「個別のケースで判断する」ということ。例えば女性支援制度をまとめた「マカロンパッケージ」は、もともとは全部個別に対応していたんですよ。それぞれの例をテストケースとして対応していった結果、数が増えてきてマカロンというパッケージになりました。育児は個別性が高いから、いきなり制度にしてしまうと運用がむずかしくなって逆に首を絞めてしまうんですよね。制度から溢れる人が必ず出てしまう。
岩瀬:一般化できるようになれば、みんなが使いやすい制度になる。
曽山:そうです。だからやっぱり聞くこと。個別性がすごく大事です。ここを見逃してしまうケースは多い気がしますね。
岩瀬:がんは種類や治療法がさまざまで個別性が高いですが、同じように子育てもそれぞれ違うんですね。制度ではなく個別に対応することを嫌がる人事の方は多いと思いますが、逆に最初は個別で拾っていった方が会社に合った制度ができそうです。
曽山:その方が効果的になると実感しています。それぞれが個別に「こういう制度があったらありがたい」っていうものがある。「会社で働いてくれること」と「本人がハッピーなこと」がandになるのであれば、一律でたとえば手当5万円を払うなどと画一的にするではなく、必要であれば個別に判断して10万円を出せばいいんです。「テストケース作戦」と僕は言っているんですが、個別対応に対してはその後に結果はどうだったのか、レポートなどを出してもらっています。サンプルのモニターみたいな感じですよね。仮に私にも、という要望が他の社員からきたとしても、「あなたもそれが必要ならテストとしてやろうよ」と言えば良いと思っています。
岩瀬:人事制度は経営の意思を込めて作り直せばいいもの。制度ありきでは必ずしもないということですよね。どういうきっかけで今の形になっていったんでしょうか。
曽山:一番大きいのは上場直後の2000年代初期、退職率30%という状況が3年続いたことですね。それで2003年から人事制度の拡充に取り組み始めました。
岩瀬:改善すべきことはたくさんあったと思うんですけど、優先順位はどうやってつけたんですか?
曽山:社長の藤田や役員が決断したことが、『思いついたこと全部やる作戦』。つまり集中と選択の真逆を取ったんです(笑)。どうしていいかわからないから、まずは全部試してうまくいったものを残していきました。
上司と業務上だけではない信頼関係を築いても、言いにくい話もある
岩瀬:がんをはじめとした病気に限らず、さまざまな事情でフルタイムで働けない人が働きやすい環境をつくることもポイントだと思います。多様な働き方を受け入れるという意味だと、サイバーエージェントは子育て中の女性を中心に、時短勤務やリモートなど、いろいろやってらっしゃいますよね。
曽山:そうですね。産休明けは本人の希望する時間で時短勤務が可能で、四半期に一回、勤務時間を変えることもできます。子供が病気だけど本人が元気なときにはリモートで仕事ができる「キッズ在宅」の制度も用意しています。産休復帰率は96%と、高い結果ではと思っています。
岩瀬:多様な働き方を受け入れる上で、上司のマネジメント力はすごく大事ですよね。
曽山:上司は大きな役割を持ってもらう一方、いろんな業務があって大変だと思います。うまくいくかどうかを左右するのは、普段からの信頼関係。例えば業務上だけの関係性だと、リモートワークは機能しにくいんですよ。
岩瀬:業務上だけの関係性にならないための工夫はされているんですか?
曽山:上司と部下が仕事以外の話をしていい雰囲気づくりのために、会社が投資をしています。お互いの趣味やプライベートの出来事について話をする機会を持ってもらうために、ランチや飲み会の費用を会社が負担しています。
とはいえ、キャリアや健康の不安など、直接の上司には言いにくい話もあります。そこをカバーするために、役員と社内ヘッドハンターのみが閲覧できるアンケートフォームを用意しています。社内ヘッドハンターとは、社内の人材ニーズと社員をマッチングする役割を担う部署です。上司や仲間だけでなく、全社機能としての逃げ口があることは大きいかもしれないですね。相談する窓口が一つだけだと不安だと思うんですよ。
岩瀬:マネジメントのためにやっていることが、病気でお休みする場面でも活用できているんですね。一つの問題に対してだけではなく、全体に通用する考え方で風土や関係性を作っているのがいいなと思いました。
曽山:ありがとうございます。信頼関係を大事にすること、全社で個人の声を聞くこと。この2つを積み上げた結果、自然とそうなっていったんです。
自然体で働いてもらうための環境は、制度ではつくれない
岩瀬:がん治療と就労の両立支援という問題について、曽山さんはどのようにお考えですか?
曽山:病気の有無にかかわらず、社員を大事にして才能開花してもらい、本人の業績が上がっていくこと。これが大前提ですよね。病気でお休みするのであれば、復活してパフォーマンスを上げてもらうために、まずは治療に専念してもらった方がいい。そのために当社ではできる限り寄り添いますし、そういう会社の姿勢は他の社員も当然見ています。
岩瀬:自分がそうなった時に会社が何をしてくれるのかということですね。
曽山:サポートをしないことを社員がどう受け止めるか、そういう風に見られていいのか。人事に限らず「何かあった時に力になってくれる仲間がいる」と社員が思えるような、そんな信頼関係のベースがあることの方が、事例や制度の有無よりも大事だと思いますね。
岩瀬:一人の例が人事のメッセージになるし、周りの人たちの士気にも関わりますよね。
曽山:おっしゃる通りです。今はSNSでなんでも発信できるから、社員への姿勢が全部世の中にばれてしまう時代だと思います。病気になったからと無下にするのが最悪なパターンですが、ちゃんと話を聞いてリクエストを受け止めて、その上で最大限できることをやる。そういう形はすごくフェアですよね。
岩瀬:がんと就労の両立支援のためには、制度とその運用が大事だという話がよく出ますが、会社が社員に向き合って寄り添うことが社員を守ることになるんですね。
曽山:代表の藤田が「自然体」というキーワードをよく言うんですよ。ただ、制度から自然体は生まれないんです。自然体で働いてもらうための環境をいかに作るか。これは常に意識していますね。
取材・文/天野夏海