鍵は人事と医療スタッフの連携!中外製薬に聞く、『がんに関する就労支援ハンドブック』作成のポイント - がんアライ部
東京都による「がん患者の治療と仕事の両立への優良な取組を行う企業表彰」で2016年に優秀賞を受賞した中外製薬株式会社。がん罹患者への支援だけでなく、支援制度を周知する目的で作成された『がんに関する就労支援ハンドブック』が高く評価されています。同社にハンドブック作成のポイントや、その反響について伺いました。
【お話を伺った方】
難波克行さん(CSR推進部 環境・安全衛生グループ 統括産業医 医師/医学博士・写真左)
藤林哲也さん(人事部 CAPTAIN推進グループ グループマネジャー・写真右)
人事と医療スタッフでの連携が“使いやすいハンドブック”を作る最大のポイント
ハンドブックが完成したのは2015年5月。着想から完成までに要した期間は約半年でした。
産業医・難波さん「『がんと就労』というサイトに掲載されている企業向けのマニュアルやガイドブック(※現在は「がん対策情報センター」のサイトに掲載 )を参考に、人事部の関係者と一緒に、がん治療と仕事の両立支援の制度を整備していきました。その中には、従業員向けの分かりやすい資料を作ることの重要性が繰り返し記載されていました。当社は全国に事業所があります。社員ががんに罹患したときに、どこでも同じ対応を取れるようにするためには、情報を一箇所にまとめる必要がありました」
従業員向けのハンドブック制作のチームは、制度設計と制度運用のそれぞれの人事担当者と、医療スタッフで構成。産業医として難波さんが、制度運用の人事担当者として藤林さんが参加しました。人事と医療スタッフの両方がいるチームを構成することが、 “使いやすいハンドブック”を作るための大きなポイントです。
人事・藤林さん「これまでも人事や医療スタッフで連携しながら復職支援や両立支援の業務を行っていました。しかし社内には、会社の制度、健保の制度、社内の共済会の制度など、いろいろな制度や支援サービスがあります。 “すでにある制度を知ってもらい、ちゃんと使ってもらうにはどうしたらいいか”という観点を持つことが大事だと思いました。従業員が病気になったとき、まず、安心してもらうことが一番重要だと思います。必要な情報を、1冊にまとめて紹介できることを意識しています」
そのほか、ハンドブックを作る上でのポイントになるのが次の4つです。
1. 制度の過不足を網羅的にチェック
産業医・難波さん「ハンドブックの作成にあたって、がん治療と就労の両立支援において、自社の制度は十分かどうか、不足している部分はないかを、まず網羅的にチェックしました。具体的には、前述のサイトのガイドブックやマニュアルから、必要な取り組みをピックアップしてチェックリストを作り、それに対する当社の状況を書き込んで、課題を洗い出していきました。そうした課題をもとに、人事部との検討メンバーとで制度改定や具体的な運用方法を検討しました」
2.「がん罹患者が抱える不安」から目次を先に作る
産業医・難波さん「前述の研究成果の中には、従業員ががんに罹患したとき、どんな不安を感じるかというデータがありました。従業員向けのハンドブックは、そうした不安にこたえられるものにしたいと思い、従業員が不安に思うことを目次にすることを思いつきました。目次を見て、自分が知りたいことについてページを開いてもらえればと考えています。また、休業期間や給与などは、『詳しくは○○規程参照』というような説明にならないよう、なるべく具体的な数値を挙げられるように、それぞれの担当者の方に説明を工夫していただきました。」
▲中外製薬「がんに関する就労支援ハンドブック」の目次
3. 制度を使うシチュエーションも一緒に記載する
産業医・難波さん「一言でがんといっても、実際は、種類、進行度、治療の内容、副作用の状況など、非常に個人差が大きくなります。治療と就労の両立支援を行うためには、ひとりひとりの事例に応じた対応が必要です。そうした、個別のニーズに対して、どんな制度をどんなふうに運用すれば役立つのか、検討メンバーと事前に話し合い、ハンドブックにはなるべく具体的に記載するようにしました。制度を利用する従業員や、職場の上司が、なるべくイメージしやすいように記載することで、従業員も相談しやすくなり、実際に制度を利用しやすくなるのではないかと思います」
4. “できないこと”も伝える
人事・藤林さん「制度を紹介する際に、できることだけではなく、できないことも記載しました。『ある制度の支給を受けると、別の制度の支給は受けられなくなる』といったことをしっかり書かなければ、具体的なことが分かりません。従業員の皆さんに安心してもらうためにも、事実をきちんと書くことを意識しました」
方法はあるのに、担当者に届いていない
ハンドブックの完成後、せっかくなので社外にも案内してはどうかという広報からの提案もあり、ウェブサイトで外部に公開。思った以上の反響があったといいます。
人事・藤林さん「これまで、社内の制度をあまり外部に紹介したことがありませんでしたので、社外からの問い合わせをいただいたり、東京都などの表彰を受けたり、大きな反響に驚きました。また、メディアに取り上げられたことで、従業員向けの広報をあらためて行う機会にもなり、ありがたく思っています。1度だけでなく、繰り返し案内することが効果的だと思います」
「他社の担当者も、弊社のハンドブックが、制度作りや社員への案内の参考になるという声をいただくこともある」と産業医・難波さん。まだ、どのように制度を作るか、どのように社員に周知をするか、対応に悩んでいる会社が多いと感じているそうです。
産業医・難波さん「がん治療と就労の両立支援については、すでにさまざまな研究や調査が行われ、企業の担当者向けの充実したマニュアルがホームページに掲載されています。しかし多くの企業の担当者は、そういった役立つ資料の存在すら知らないということもあります。また、情報が充実していく一方で、たくさんある資料のどれを見ればいいかが分からないということも、担当者の共通の悩みのようです」
制度作りのノウハウは難波さんの個人サイトでも一般公開しているとのこと。「がん治療と就労の両立支援で問題なのは、企業に助言する専門家が近くにいないことや、企業側も誰に尋ねていいかが分からないことかもしれない」と難波さん。
産業医・難波さん「例えばメンタルヘルス不調の問題は企業にとっても大きな課題であり、多くの企業で取り組みが行われていると思います。また、具体的な対応について、企業の担当者が精神科の主治医に尋ねることもよく行われてきました。メンタルヘルス不調は、職場の調整がなければ症状が悪化したり再発したりしますから、主治医の先生も企業の取り組みに協力的だったように思います。しかし、がん治療の場合、どんな対策をすればよいか、がんの主治医と企業とが連携しているということはあまり聞きません。がん患者さんの就労支援のために、医療機関でも相談支援センターを充実させるなどの取り組みを進めています。企業がもう少し積極的になって、主治医やがん相談支援センターに相談したり、産業医や産業看護職などを活用したりしていただければと思います」
同社の取り組みから見えてきたのは、病気のことを理解している主治医や病院の医療スタッフと、実際に制度を作り、運用する人事担当者との連携の重要性。「本人に病気のことを聞き、職場に状況を踏まえた必要な配慮を伝える。産業医は、本人の健康状態と就労のバランスを取るための翻訳者」と難波さんは話します。医療と職場をつなぐ翻訳者と積極的に連携することが、人事ができる両立支援のひとつの鍵となりそうです。
>>参考:がん患者の治療と仕事の両立への優良な取組を行う企業表彰 事例紹介集
※中外製薬株式会社の講評は47ページより記載。
取材・文/天野夏海