厚生労働省「がん対策推進企業表彰」を受賞した、“がん対策先進企業”4社の取り組み - がんアライ部
厚生労働省、がん対策推進企業アクションが主催する「職域におけるがん対策のこれから〜企業のがんアクション宣言、わたしたちのがんアクション宣言〜」が2月28日に行われました。今回がん対策に積極的に取り組んでいる企業として表彰されたのは、次の4社です。
●厚生労働大臣賞:伊藤忠商事株式会社
●がん対策推進パートナー賞
・検診部門:ヤスマ株式会社
・がん治療と仕事の両立部門:テルモ株式会社
・がんの情報提供部門:朝日航洋株式会社
ここでは、受賞企業によるパネルディスカッションの内容を元に、各社の活動の一部をご紹介します。
「他社がやっているからやるべき」では全く社員の心に響かない
がんに罹患した社員を支える取り組みをするには、経営層を巻き込むことが不可欠です。がん検診受診率と精密検査受診率100%を5年以上前から実施していることを評価され、検診部門を受賞したヤスマ株式会社。同社が検診に力を入れるようになったのは、まさに社長がきっかけだったと、同社の総務部長・角地博さんは話します。
「40年ほど前に季節労働者の方を雇っていた際、生活が不規則になって健康を害した方が多数出たことから、社長が音頭を取って、社員の健康への取り組みをスタートしました。従業員社員数は200人ちょっとですから、社員は家族であり、大事な財産。社員の健康は会社が守るというスタンスです。その後、総務部が主体になってフットサルやヨガ教室などのスポーツ推進をするようになったり、各部署から安全衛生委員を選出して意見をもらったりと、だんだん浸透していく中で関わる人も増えています」(ヤスマ・角地さん)
同じく社長が全社員に向けて、「がんに負けるな」というメッセージを発信したことから取り組みが始まったのが、伊藤忠商事株式会社です。ポイントは「ストーリー」と、同社の代表取締役専務執行役員CAO・小林文彦さんは語ります。
「当社のがん対策がスムーズに進んだ要因は、社長とがんに罹患した社員とのメールのやりとりを、全社員に共有できていたことにあります。ストーリーを共有できていたので、全体が一致団結することができた。もしこのようなストーリーがないのであれば、社長がお作りになったらいいと思います。『他社や厚労省が推進しているからやるべきだ』という話は、全く心を打ちません。社員の心に浸透させるために、ストーリーを作って発信するのが社長の仕事です。企業の実力は定量的な成果がないと世に示せませんが、社員の心は定性がないと動かない。定性を形成する最大のものが、ストーリーだと思います」(伊藤忠商事・小林さん)
同じく社長が旗振り役だというテルモ株式会社。人事部長の竹田敬治さんは、人事責任者という立場から、幹部クラスへのアプローチをしたといいます。
「まずは幹部クラスの人たちに、かなり強制力を働かせて、人間ドックを受けてもらいました。衛生管理室の看護師の方や産業医の先生の力を借りながら、セルフマネジメントやセルフチェックの重要性を発信しました。私たち人事の立場からすると、がんに罹患した社員も、ひとつのダイバーシティです。それぞれの状況の中でできることを考え、一人ひとりの成長が組織の力となり、世の中に“健康”という側面から大きく貢献ができる。当社の企業理念である『医療を通じて社会に貢献する』への達成感に繋がるアプローチとしても、非常に重要なテーマです」(テルモ・竹田さん)
経営理念を根拠に、社員の病気に向き合う必然性を訴えた
一方、朝日航洋株式会社の渡部俊さんの所属部署は営業統括部。自身ががんに罹患した経験があることから、がん罹患者の社員や人事、広報を巻き込んで、社員向けにイントラネットでの情報提供を行っていきました。
「相手の上司の了解を得ずに、勝手に巻き込んでやってきました。私の上司が『好きに進めたらいい』と言ってくれたこともあり、各上司の方には事後報告。『突っ走ってしまえばどうにかなる』という感じです。私ががんであることをオープンにしたことで、これまで隠していた人たちが話してくれるようになったんですよ。私の活動に賛同して、がんであることを公表してくれる人も何人か出てきました」(朝日航洋・渡部さん)
「大事なのは突破力」と渡部さんは続けます。
「当社はどちらかというと、『出てくる杭はもっと伸びなさい』という社風です。だからまずは動いて、のちに『我々のチームを会社の組織として正式に認めてほしい』と、上層部の方を一人味方につけて、経営会議で話してもらえるようにお願いしました。その際に根拠としたのが、『人を活かし人を育てる』という経営理念です。病気の社員に向き合わなければ理念に沿わないことを伝えて、最終的には会社からのお墨付きをもらいました」(朝日航洋・渡部さん)
がん対策は将来への投資。費用を捻出するために、健康保険料率を上げた
いざ取り組みをしようと思った時に、ぶつかる壁の一つが、費用の問題。国立がんセンターとの連携や両立支援のコーディネーターの配置など、手厚い支援をしている伊藤忠商事ですが、「多くの部分はお金とは関係なく推進できる」と小林さん。
「例えば会社側が『あなたの居場所はここだから、とことん支援しますよ』と発表するのは、ひとつの姿勢であって、お金はかかっていないわけですよね。企業規模や予算の大小を問わず、できることはたくさんあります。がんに罹患した方が休暇を取りやすいように少し調整するなど、工夫次第でできることもある。それに、多くの家族は誰かががんになったとき、何も言わなくても、みんなが協力して役割分担をするはずです。それを職場で実現し、組織力を強化することが狙いです。単純な福利厚生のコストではなく、戦略投資であると考えています」(伊藤忠商事・小林さん)
一方、社内独自のがん就労支援制度を新設し、予防にも積極的に取り組むテルモ株式会社。こうした取り組みに掛かる費用を捻出するために、同社では健康保険料率を引き上げました。
「約6年前に健康保険料率を上げたんです。これは実質賃下げになるわけですが、将来に向けて投資をしようということで、大きな抵抗はなく、労働組合からも賛同を得ることができました。社員の負担もありましたが、比較的理解が得られましたし、効果を感じてもらえているのではと思っています」(テルモ・竹田さん)
各社とも取り組みを行う上で、他社の事例を参考にしているとのこと。2016年のがん対策基本法の改正で、事業主は、がん罹患者の雇用継続に配慮するよう努めなければならないと定められました。がん対策をする必要性や、具体的な施策など、他社の事例から得られるヒントはたくさんあります。これから取り組みを始める企業も、すでに実施している企業も、積極的に取り組んでいる企業の事例をチェックしてみてはいかがでしょうか。
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取材・文/天野夏海