がんになったのは本人のせいじゃない。会社ができるフォローはもっとある【ハウスコム社長×がん経験者の社員】 - がんアライ部
不動産会社のハウスコム株式会社は、2017年10月からがん対策をスタートしました。現在は「tomoni」という名称のプロジェクトとして、制度の整備や風土作りを行っています。そこで田村社長と、2度のがんを経験した社員の永野さんに取材を実施。
「仕事があることが治療に立ち向かう力になる」という永野さんの経験談と、「“多様な生き方”を理解し、“自分ではどうにもならない現実”に対してフォローをしたい」という、田村さんの両立支援に対する想いを語っていただきました。
<プロフィール>
田村穂さん(代表取締役社長)
永野忍さん(カスタマーサービススタッフ)
会社を辞める選択肢がなくなれば、“病気と仕事の不安”の二重苦から逃れられる
−−最初に、がん対策に取り組もうと思われた理由についてお教えください。
田村さん:2度のがんを経験した永野から、「薬を投与している時はつらいけど、家にいるよりもみんなと一緒に働いている方が気が休まる」という話を聞いたことがきっかけです。もしかしたら、永野のような思いをしている人は他にもいるのかもしれない。幸い現場は柔軟にやってくれていましたが、がんになった社員を会社としてバックアップしていかなければと思いました。
永野さん:私が52歳で最初のがんに罹患した時、今のような両立支援の取り組みはありませんでした。私は店舗で事務の仕事をしていますが、店舗には事務員が1人しかいないんです。つまり、長期間私が休みを取ると、他の誰かにしわ寄せがいってしまう。ありがたいことに店長がいい人だったので仕事を続けられましたが、もし店長や同僚に理解がなければ、会社を辞めるという選択肢を取ってしまってもおかしくなかったと思います。
田村さん:たしかに、当時は店長や店舗、部署によって対応にばらつきがありましたよね。
永野さん:でも3年後に再びがんがわかったときは、会社ががん対策に取り組んでいたので、最初から「会社に残れる」という選択肢がありました。辞めることを考える必要がなくなったことは、本当に大きいと思います。病気がわかると、ショックで頭が真っ白になってしまいます。さらに仕事の不安があると、病気と仕事の二重苦になってしまう。「仕事を続けていいんだよ」って言ってもらえることで苦痛の片方を取っ払ってもらえるんです。安心感が違いますよね。
会社に行けば“患者の永野さん”から“社会人の永野さん”になれる
−−永野さんは治療をしている間、どのような働き方をしていたんですか?
永野さん:平日は治療のために休ませてもらって、土日は会社に出ていました。治療中はベッドから動けないくらい体が重いんですけど、金曜日の治療が終わったら「明日から仕事ができる!」と喜んで家に帰り、土日に仕事をすることで不安やストレスを発散して、日曜日の夜にしぶしぶ病院に戻る。1度目も2度目も、6週間くらいはそんな生活をしていました。
田村さん:仕事が発散になるんだ。
永野さん:私の場合は仕事があって、本当に良かったですね。仕事をしていると病人扱いされないので、気分的に楽なんです。病院と会社は、全くかけ離れた世界なんですよ。病院では生死のことばかり考えてしまうし、“患者の永野さん”になってしまうけど、会社に戻れば“社会人の永野さん”になれる。それが嬉しかったんです。私は会社を辞めたくなかったし、お店の負担を少しでも減らしたかったから、そういう意味でも会社と繋がっていられたのはありがたかったですね。現実に引き戻してもらえる土日がなければ、暗くなって悲壮感が漂っていたと思います。
田村さん:永野さんの話を聞いて、店舗の仲間同士の支え合いがいいなと思ったんですよ。そういう輪を全社に広げていきたいと思ったことも、両立支援に取り組もうと思ったきっかけになりました。
永野さん:職場のみんなは本当によく気遣いをしてくれました。顔色が悪いときに「しんどかったら帰ってもいいよ」って声かけてくれたり、助かりましたね。とはいえ、変に病人扱いされ過ぎなくて、それもまた心地良かったんです。ウィッグのメンテナンスで髪の長さが変わった時も、「お、髪伸びたやん!」って言われるんですよ。1日でそんなに伸びるわけないやろ!って(笑)
田村さん:(笑)
永野さん:みんなおだて上手で、私は土日しか職場に来なくて迷惑かけてばかりなのに、「永野さんありがとう」って言ってくれるんですよ。みんなの方がよほど大変な思いをしているはずなのに、「めっちゃ助かったわ」って私を立ててくれる。職場に来てよかった!って思えたのはすごく嬉しかったですね。
さまざまな事情を抱えた人をフォローするプロジェクトを始めて、売上が上がった
−−会社ががん対策を始めてから、「これがあって助かった!」と思うものは何かありますか?
永野さん:病気のことを相談できる窓口ですね。がんのことを私はあまり言いたくなかったんです。一緒に働く上で知っておいてもらわないと困る人には伝えましたけど、必要最小限にとどめていました。私だけがんになってしまって、なんだか一人だけ取り残されてしまったような気になるんですよ。
でも窓口で相談すれば、どこまでの人にがんのことを言った方がいいのか、アドバイスがもらえます。こういう流れでこういうサポートが受けられて……ということも教えてもらえるので、気持ちがすごく楽ですよね。
がんになると、病院や治療法など、決めなくてはいけないことがたくさんあるんです。しかもその選択が生死に関わっている。そういう中で、会社から「こういう順番でこの人にがんの話をしたらいいと思いますよ」「こういう手続きをしてください」って指示をもらえるだけで、だいぶ助かるんです。
田村さん:人事担当の社員が一生懸命取り組んでくれていて、例えば2年間で有効期限が切れる有給休暇を60日まで積み立てることができるようになりました。でも、制度を整えるというよりは、現場のチームワークを強化して、「お互いのことを理解し合おうよ」って考え方を浸透させたいですね。制度はしょせん制度でしかないですし、そこに捉われすぎるとがんじがらめになって、柔軟性がなくなってしまうので。
−−お互いを理解し合える風土があるのは理想的ですよね。ただ、その風土を作るのは難しいとも思います。ハウスコムではどんなことをしているんですか?
田村さん:「tomoni」というがんに関するプロジェクトに限らず、時短勤務の人、ひとり親、国籍の違う社員など、さまざまな人をフォローするためのプロジェクトを立ち上げています。当社の従業員はお客さまの価値観を理解しようと努めることは得意だけれど、社内の人に対して、まだまだ親身になりきれないところが、私も含めてあると思うんです。
時短の人に対して「お疲れ様!」と声をかけながらも、内心は「もう帰るの?」と思ってしまうこともある。でも、「時短の人も、その周りの人も、みんなが気持ちよく働けるように支え合おう」というメッセージを会社が発信することで、周りにいろいろな価値観の人がいることを認めやすくなるんじゃないかと思っています。そうすれば、風土も変わってくるのではないでしょうか。
これは不思議なんですけど、こうしたさまざまな事情を抱えた人をフォローするプロジェクトに取り組むようになって、売上が上がったんですよ。特に大阪の店舗はずっと赤字で、もう閉めようかと思っていたのに、今やもう1店舗オープンしようなんて話も出てきている。チームワークが良くなって、思いやりが出てきたことが影響しているのかもしれないですね。店舗の雰囲気もなんだか明るくなった気がします。
永野さん:売上が悪かったころは、生き残るか、撤退するかのサバイバルゲームみたいでしたよね。今残っているのは勝ち抜いた……いや、居座っているって言った方がいいですかね(笑)。そんな人たちだから、根性座っている人が多いですよね。
“生き生きと働ける環境”は会社が与えるのではなく、みんなで作るもの
−−こういった取り組みを進めることで、どのような会社にしていきたいですか?
田村さん:最終的には「従業員が生き生きと働ける職場」をゴールに据えています。当社の経営理念の2つ目は「人が生き生きと働ける職場を築き、人生の夢をかけられる企業を目指す。」です。これも僕は永野から学んだのですが、生き生きと働ける環境は、会社が一方的に与えるものではない。みんなで作るものなんだというふうに、今は少し考え方が変わりました。
永野さん:私は社長には本当に感謝しています。今回私は化粧品会社のがん罹患者向けのメーキャップを体験させてもらいました。副作用で眉毛やまつ毛が抜けてしまったり、顔色が悪くなってしまったり、がんになると見た目の変化もあるんですよね。女性を美しくすることを事業にしている会社だからこそ、こうした取り組みがあるわけですが、片や当社は不動産屋だから、あまりがんと関連がないじゃないですか。だから、がんや病気の人の声は届きにくいと思うんですよ。それでもこうやって両立支援に取り組んでくれることはすごいこと。もっとこういう会社が増えていったらいいなぁと思いますね。
田村さん:がんや病気は、たまたま罹患するものです。自分が選択したわけじゃない。奨学金の返済を会社が補助する制度を新しく始めたんですけど、これも同じこと。子どもは親を選べないじゃないですか。こういった自分で選択できないことに対して、会社がフォローできることがもっとあるんじゃないか。がんは個別性が高いけど、働きたい気持ちがあって、かつ働けるのであれば、できるだけバックアップをしていきたいと思っています。
我々の仕事は、お客さまの多様な価値観に合わせて、お部屋を紹介することです。それなのに、多様な生き方をしている仲間に対して、会社の決まりで「これは良い」「これはダメ」としてしまうこと自体、なんともつまらない話ですよね。会社のルールのせいで繋がりがなくなるのはさみしいですから、できる限り会社が社員の個別の事情をサポートして、長く一緒に働けたらいいなと思っています。
取材・文/天野夏海